仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第201話

 1912年(明治四十七年)七月二十九日

 アンナケスタ 仏蘭西陣地

 「大砲各台に伝令。仰角を一度下げよ。これ以上、このままで撃ち続けると味方部隊にあたる」

 「了解、各砲台に連絡いたします」

 「ああ、そうしてくれ。目標を塹壕よりさらに二十メートル後方に落とせ」

 「では、牛歩の歩兵部隊が無傷で独逸の塹壕に攻撃ですね」

 「とりあえず、第一弾は成功のようだ。仏蘭西軍が崩壊する最悪の事態だけは免れたとみていいだろ」

 「神の配剤ですかね」

 「とはいえ、幅一キロに広がる陣地に対する攻撃だ。五人ばかりを偵察機の落下地点に向かわせるとして、携帯している手榴弾を独逸塹壕に投げ入れるしかないだろうな」

 「え、降伏を勧告しないのですか」

 「馬鹿を言え、敵さんの防御力は、人間が地面の下を進むモグラを素手でたたいて捕まえようとしているほど困難だわい」

 「なるほど、敵の戦力は少しも減ってませんでしたね」

 「多少は大砲で餌食になっていただろうが、ほんの多少だ。地下にいるモグラに向かって一網打尽にするには、穴に向かって殺傷兵器をぶち込むしかないのさ」

 「で。幅一キロのアンナケスタを取り返したとして、お偉いさんはそれをどう生かすつもりですかね」

 「そのまま、旧独逸陣地が無人ならば、それを占拠するのが第二次目標だな」

 「ごもっともです。それで漸くひと山越えたのでしょうか」

 「馬鹿を言え、それからが難しいのじゃないか」

 「アンナケスタ幅一キロの独逸陣地を占拠しても無意味だ。そこから崖を越えてはなれた独逸陣地に攻勢をかけなければならない」

 「厄介ですね。塹壕という防御力に包まれた守備兵というのは」

 「だから、敵の弾切れを狙って横方向から攻撃をかけるしかあるまい」

 「なるほど、そうすれば守備力は同等。敵が弾切れをおこした地点で攻勢に出れると」

 「そういうことだ。こちらは、敵に弾薬の補充ができないように敵の後背地を偵察部隊で威嚇する必要があるがな」

 「はあ。総力戦というのは、なかなか勝敗がつかないのですね」

 「そりゃあ、戦力が百万人単位で動く戦争だ。百万人倒したところで、勝敗にさっぱり影響がなかったという事態もありうるからな」

 「おおおおおおおっ」

 「どうやら、第一の関門は突破のようだな」

 「ええ、ハイカラ偵察部隊の全滅は免れたようです」

 

 

 

 大正元年七月三十日

 ベルリン 第二騎兵隊本部

 「マーチン師団長、前線より凶報が届きました」

 「まずは報告せよ」

 「はい。昨日、仏蘭西部隊の奇襲により旧仏蘭西陣地にいた独逸兵が全て塹壕にいるまま敗北。さらに、空にしていた独逸陣地まで占拠されました」

 「それですんだか」

 「残念ながら、仏蘭西は、独逸の前線である塹壕を同じ塹壕内から攻撃。さらに、補給をつぶし、独逸兵の浮足立つのを狙って、独逸の塹壕と独逸領の間に騎兵隊を動かしており、前線の士気は落ちております」

 「それでは、前線を支えるのも無理があろう」

 「はい。アンナケスタから東方五百メートルの塹壕を仏蘭西が占拠。独逸は、塹壕を東に後退を続けております。なんせ、補給がないのです。手持ちの弾を撃ち尽くした地点で、塹壕内を東方にひいております」

 「まずい。司令部はどうするのか決まったか?」

 「はい、指令は一つだけですがいただいてまいりました。こちらです」

 「諸君、司令部の命令書を読み上げる。本日我々は、墺太利内にて露西亜兵相手に出撃する予定だったが、出動先がかわった。前線が破たんしつつある独仏国境線で速やかな撤退活動に貢献せよ。第二騎兵師団が活躍する間に、独仏国境線に戦力を再構築する」

 「おっしゃあ」

 「では、墺太利にはいかがいたしますか。援軍を送ると連絡済みのはずですが」

 「司令部は、独仏国境経由で墺太利入りとしておけ」

 「事実上、墺太利一国で露西亜に対抗せよというのと変わりませんな」

 「独逸が危機にひんしているのに、墺太利を救えるかといえば、無理の一言だな」

 「同盟国のことまで手が回らないとは、仏露強しですな」

 「両国に共通するのは、戦争に関与しない後背地が大きかったことだな」

 「確かに、両国とも火力に関しては不足をみせませんでしたな」

 「チリ硝石頼みの火薬輸入がここ一年、弾薬供給量を決めてましたしね」

 「とにかく、独逸兵を救うことが我々の任務だ」

 

 

 

 ロンドン ダウニング街

 「これは、駐英独逸外交官の貴君が首相官邸にやってくる理由は何でしょうか」

 「大英帝国に仏蘭西のけん制をお願いしたい」

 「それは参戦要請ですか。それとも講和を主導して欲しいのですか」

 「参戦要請は難しいと考えている。貴国だけなら問題はないだろうが、貴国が参戦した場合、その反動で亜米利加が反対陣営に参戦する道を開くので、停戦を導いて欲しい」

 「議会の説得をするために材料が必要ですね」

 「貴国に囲まれているために無事だった我が国のアフリカ植民地三国をその代償として進呈してもよい」

 「そうですね。そういう条件ならば、議会も納得するでしょう。我が国が平和の使者となりましょう」

 「クリスマスまでに話をまとめてくれるとありがたい」

 「クリスマス停戦ですか。確かにキリスト国家では有効ですね」

 

 

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