仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第202話
1912年(大正元年)七月三十日
アンナケスタ 旧独逸占領陣地
「それでは、捕虜の尋問といこうか」
「といっても、戦場で気絶していたために助かったやつだから、大したことは知らないだろうが」
「司令、独逸兵捕虜を連れてきました」
「御苦労」
「では、名前をまず教えてもらおうか」
「コスナー二等兵だ」
「では、コスナー二等兵だけが部隊で助かった理由は知っているか」
「たしか、一人だけ見張り任務についている最中に、至近距離に大砲の弾が落ちてきたところまで記憶にありますが」
「では、コスナー二等兵の気絶していた付近に落ちていた破片が突き刺さったヘルメットと捕虜になった状況を考慮すると、付近に落ちた大砲の弾で破片が飛び散り、後頭部に破片がぶつかったと推測するのが合理的だろうな」
「それで、俺だけ助かったのですか」
「そうなるかな。なんせ俺たちもぎりぎりの戦いだったのさ。戦闘力を保持していた歩兵を捕虜にする余裕はなかった。ついでに、ヘルメットに刺さっていたのが金属片ということだから、噂のタンクに被弾した金属片が後頭部に衝突したと」
「新兵の俺だけが助かるとは、予想外ですね」
「では、本来の尋問にいこうか。コスナー二等兵は、部隊に加入したのはいつか」
「二か月前です」
「地上部にいた見張りはコスナー二等兵以外にいなかったようだが、それは事実か」
「同僚にきいた話では、七部隊のうち見張りは日替わりでその部隊に割り振られていたそうで、地上部にいたのは自分だけのようでした」
「そうか。では、なぜ一万人の部隊で見張りは一人だったのか」
「上空を死神一号が飛んでいたせいだと言われました」
「その死神一号というのは、わが軍の偵察機のことか」
「そのようです。飛行機が旋回した後、その地は多量の大砲の弾が降ってくるといわれてました」
「なるほど、その大砲の弾が降ってくるのを考えて、地上に残したのは歩兵が一人だったのか」
「はい。見張りが一人だったため、至近弾が落ちても塹壕に入るわけにはいかず、両手を後ろ手でくくって、恐怖心のあまり塹壕に逃げ込むのを防いでいました」
「死神一号と言われたが、二号もいるのか」
「二号は、偵察機と連合して大砲の弾をふらせる仏蘭西の大砲部隊だときいています」
「御苦労、尋問は以上だ。衛兵、捕虜を元のところに」
「了解しました」
「まず、大事のことは仏蘭西にも予備兵がいないが独逸にも予備兵がいないことだな」
「はい。二ヶ月目の新兵を最前線に回してくるのですから独逸の予備兵も底が見えたといってもよいでしょう」
「それに関しては、仏蘭西も同じことが言えるのだから、仏蘭西が有利だという幻影は抱かない方がいい。たまたま勝利の女神が仏蘭西側についていてくれただけの話だ」
「では、前線の一角を仏蘭西が破った後も、厳しい戦いが続くとみた方がよろしいですね」
「ああ、全軍突撃なぞ出来ないのは過去現在未来において独逸相手には通用しそうにない」
「では、独逸が引くのに合わせて前線を詰めるしかないようですね」
「次に、わが軍に幸運をもたらせた最大の要因は何かな」
「昨日までは、上空を飛んでいたハイカラ姫だと思っていました」
「そう、それは確かに大きい。彼女が故障した偵察機で独逸陣地上空を旋回してくれなければ、そもそも仏蘭西の歩兵部隊は独逸陣地に向かっていかなかったことだろうな」
「ええ、それは確かです。逆にいえば、その行動は独逸の予想外の行動だったと」
「独逸にしてみれば、偵察飛行をされている最中でそれに異常を感じなかった。いつものように雨のごとく降る大砲の弾を避けるために塹壕深く潜るのを当然と思っていた」
「ああ、死神から逃げるのは塹壕の奥深くに隠れるのが最も効果的だからね」
「だとしたら、独逸のいう死神二号である大砲部隊の功績も大ですね」
「前進した歩兵部隊が無事だったのは、大砲部隊の援護があってこそ成り立った」
「誰も大砲の的になりたくはありませんから」
「そして、その的になる人間は地上部に一人きりだった」
「例のコスナー二等兵ですね」
「彼は、捕虜になったことで助かったが、それこそ独逸最大の不幸だったのさ」
「えっ、彼が生きている最中は誰も代わりに見張りをしないで済むんですよ」
「だが、言い方を替えよう。彼が立ったまま気絶をしていていたため、独逸の目はすべてなくなったのさ」
「確かに、彼が大砲によって死亡したとしたら、びりから二番目の新兵が彼の代わりに見張りにつかなくてはならなかったでしょう」
「だったら、仏蘭西にとって最大の幸運で独逸の撮って最大の不幸は?」
「気絶したコスナー二等兵ですね」
「そういうことになる。彼が死んでいれば、代わりの見張りが接近しつつある仏蘭西部隊の情報を独逸の塹壕に知らせたからね」
「一個人の幸運と一国の不幸ですか」
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