仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第203話
1912年(大正元年)七月三十日
アンナケスタ後方 独逸仏蘭西国境線独逸第二騎兵隊
「野郎ども、お前たちに最高の仕事をやる」
「師団長、それはわかってますよ。やらなきゃ、独逸の負けなんでしょ」
「そういうことだ。それで、この先、副師団長と師団長とで部隊を二分する」
「副団長が担当するのは、スイス寄りの地域だ」
「て、いうことは師団長が担当するのは、ベルギー寄りの地ですかい」
「そうだ。そして、我々の任務は、隊列を組んで独仏国境線を独逸に戻ろうとしている歩兵部隊の援護だ」
「ま、国境線まで戻れば、元からあった国境陣地がそのまま使えやすから、退却目標としては妥当ですね」
「それでだ、俺たちの仕事は独逸歩兵部隊が無事退却するためにその退路をふさごうとする仏蘭西騎兵隊のけん制だ」
「体を張った仕事ですね」
「そういうが、この仕事が独逸兵二百万人の命がかかっているんだ」
「ちくしょう。なんで、独逸の前線が崩れたんでしょうね」
「戦場が生き物だからだ。臆病な戦場もあれば、敵を見失って戦場に巡り合わない部隊もあるさ」
「しょうがないですね。うまくいくことだけを考えますよ」
「うまくいけば、英雄だろうな」
「生きていりゃいいですよ。今度の戦争、未亡人生産戦争ですよ。生きていれさえすればもてます」
「そうだな、もう戦争は少々懲りたな」
八月一日
ナント 仏蘭西軍司令部
「司令、難しい顔をしていますね」
「判断に困る日々だったからね」
「それは、アンナケスタでの勇み足ですか」
「あれは、口外禁止。あんな戦術を仏蘭西が取ったとあっては、諸国の笑いもの。みんな、墓までその記憶をもってゆくように」
「では、独逸を仏独国境線まで押し返せたことへの評価ですか」
「結果だけを評価すれば、上々だよ」
「けれど、攻勢側の仏蘭西兵の方に損害が大きいことですか」
「あれほど、ライフル銃が厄介なものだと改めて認識したね」
「独逸人に鉄則の規則、それにライフル銃の相性はものすごくいいでしたから」
「仏蘭西側が掛け脚で近づけば、ライフルの一斉射撃」
「弾を撃った独逸兵は、掛け脚で行進の先頭につきますし」
「おまけに、残った部隊が殿を務め無傷の後陣ができますからねえ」
「そのため、仏蘭西の方に被害が大きくなりましたから」
「普通の部隊なら、足並みがそろわなくて隊列が乱れ、落ち葉拾いを攻勢側がすれば済むんだが」
「独逸の場合、鉄壁ともいえる足並みでしたね」
「仏蘭西が得た幸運を独逸の鉄則が盛り返してくれましたから」
「それに独逸兵が負傷して歩けなくなった場合、これもやっかいでしたね」
「ああ、負傷して歩けなくなった独逸兵は、匍匐前進の体形を取り一転して仏蘭西兵を狙撃して道連れを製造する死神となる」
「その死神を殺すために、部隊の足を止めその死神をようやく殺して行進を再開するころには、相当な距離を独逸部隊は進んでいますから」
「独逸の陸軍が大陸一なのは、装備だけじゃない。鉄の意志を持っているから厄介な敵だ」
「そうですねえ。できるものなら、敵対したくない国ですねえ」
「独逸という国がなかったナポレオンの時代がうらやましいよ」
「ともあれ、犠牲は出ましたが占領地を回復したのです。司令の名はヨーロッパ中に轟きますよ」
「少なくともこの首はつながるだろうが、仏蘭西の攻勢は、独逸をようやく押し返した者でしかない。独逸領に侵攻する力はない」
「墺太利に攻勢をかけている露西亜に期待をかけるしかないでしょう」
「ああ、強い露西亜様々だね」
八月二日
ロンドン 駐英独逸大使館
「英吉利から色よい返事はいただけますでしょうか」
「大英帝国も講和をあっせんする名誉を得たいが、難点があると言われた」
「独逸が仏蘭西領からはじき出された件ですか」
「それはそれでかまわないそうだ。戦線が膠着したからね」
「では、墺太利と露西亜との状況次第ですか」
「ああ、講和というのは戦況が停滞しなければ攻勢側が納得しないしはねつける」
「英吉利も戦争に首を出すまで国内がまとまりませんか」
「独逸植民地三国をさしださなければ話にもならないだろう。それほど、英吉利の景気は良い」
「戦争景気ですか」
「そう、独逸はさらに多くにモノを英吉利に発注する必要が出てきたことだし」
「独逸の生産能力が根をあげる前に、露西亜の攻勢を止めなければなりませんね」
「もう一度、独逸は墺太利に援軍を出さねばならないかもしれん」
「そんな物がどこにあるんですか」
「ないが、つくり出すんだ」
「独逸は、仏露両国を相手にできると証明しなければならないのですね」
「露西亜が相対的に墺太利を上回っているのは戦前の予想通りなのだがね」
「仏蘭西と露西亜、補完関係でうらやましいですね」
「そうだな。独逸が仏蘭西に攻勢をかけた地点で露西亜陸軍が墺太利を攻める。まさに外交の鏡ですよ」
「独逸は、仏蘭西に押しまくられている状況で墺太利に出兵をしなければならない。盟主を務めるのは大きなコストですね」
「それを出来そうな強壮な陸軍がいるのは頼もしいと割り切りたまえ」
「後一年。墺太利が露西亜を支えてくれれば、仏蘭西攻略をしてやれたものを」
「君、あれか。空気から火薬を生み出すという錬金術かい」
「ええ、独逸陸軍の援助で形をみつつある所だそうで」
「戦争が後一年、遅く始まっていれば良かったのだが」
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