仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第204話

 1912年(大正元年)八月十日

 ベルリン 独逸指令部

 「マーチン師団長、お呼びにより参上いたしました」

 「非常に辛いことだが、今は非常時だ。二百万人を救ってくれた英雄にいう言葉ではないが、この指令を受けて欲しい」

 「これは、第二師団に最初に下された指令」

 「そうだ、予定が二週間ばかり遅れたが墺太利に援軍として赴いて欲しい」

 「では、墺太利帝国を救えと」

 「独仏国境線から前線にいる部隊をある程度ひきぬいてもかまわん。今欲しいのは、戦線の停滞だ。幸い、独仏国境線は戦前の国境線で落ち着いている。露西亜の攻勢を停滞させて欲しい。無論ただではない。それなりの戦果を露西亜と英吉利に手渡す」

 「では、英吉利に調停を依頼されるつもりで」

 「今現在、英吉利には調停をあっせんしてもらっている。独逸にあるアフリカ植民地全てを進呈することを前提としてな」

 「では、露西亜にも手土産を渡すつもりで」

 「墺太利=ハンガリー帝国に落ち着いて半世紀がたつが、今回、マジャール人(ハンガリー人)を切る」

 「そうですか、露西亜にはハンガリーを手土産にするつもりで」

 「そうだ。クリスマスにまでに停戦もしくは講和が結ばれる前提で、その時までに墺太利帝国の中でハンガリー領を露西亜に手渡すのはかまわん。だが、それ以外の国境線を死守して欲しい」

 「なるほど、独逸と墺太利両国がともに痛みを分かち合うと」

 「そうしなければ、ぎくしゃくするのでな」

 「独逸が墺太利を見捨てなかったことが自分の中では一番ですかね」

 「必要なものは、できるだけいってくれ。なんなら、独仏国境線から四分の一を引き抜いてもかまわん」

 「でしたら、露西亜に見せつけてやりましょう。パンツアーで領土を取り返してやりますと。それと仏蘭西のまねもしてやりましょう。偵察機部隊の半数を第二師団の配下に」

 「わかった。第二師団が必要とする物はそろえよう」

 「では、部下を連れて先に墺太利に赴任します。機械化車両を受け取ったら、露西亜に一泡吹かせてみせますよ」

 「ふむ。頼む」

 

 

 

 九月二十一日

 ハンガリー ブタペスト

 「マーチン師団長、うまく前線を整えられませんね」

 「ブタペストより東、スロバキア東半分、露西亜に占領されました」

 「仕方ないだろ、ハンガリー一国を露西亜に取られてみろ。それは守備側には到底容認できん」

 「確かに、ハンガリーを取られたら、アドリア海にもウィーンにも進出し放題」

 「おまけに、アドリア海にまで占領されたら、切り取られたバルカン半島は露西亜の切り取り放題」

 「だから、ブタペストより西に露西亜軍を侵入させてはならんのだ」

 「確かに、墺太利海軍にもちょこっと活躍してもらわないと割に遭いませんね」

 「そう。アドリア海沿岸の死守。最低限、墺太利海軍は沿岸警備隊でなくてはならない」

 「それで、耐えに耐えた最前線で独逸と墺太利合同軍は明日、攻勢に出るぞ」

 「わかってます。何のために俺たちがここにきてたんだといわれれば、空軍と機械化師団の双方を支配下におけるせいでしょ」

 「これで、独逸にあるパンツアーは底をついたと思ってくれ。空陸一体で露西亜を押し返す」

 「案外、英吉利も役に立ちませんね」

 「英吉利は、独逸がつぶれようが持ちこたえようが戦争が長いこと続いてくれる方がいいのさ」

 「どうせなら、独仏墺露、四ヵ国で英吉利を攻めるというのはないのでしょうか」

 「残念ながら、海を渡る手段がないな」

 「泳いで渡れるドーバー海峡がそれを押しとどめてますか」

 「そうだな。英吉利がなくなれば、独仏が英吉利に抱えた莫大な借金を踏み倒せるのだから、一見の価値はあるだろう」

 「ありますが、英吉利に戦争を挑むのでしたら、カレーを抱えている仏蘭西に勝たなくては話になりませんよ」

 「いい案だと思ったんだが、仏蘭西がそれに乗らないか」

 「仏蘭西は、この戦争後の展望がありますからねえ」

 「あれか、シベリア鉄道とオリエンタル鉄道の融合というやつか」

 「そうです。その線路をひくために費用を独墺に出させるのが戦争の目的で、両国は一致しているという話ですよ」

 「そうしたら、もし停戦がなったあかつきに、独逸はどうするんだ」

 「まずは、独墺ともに疲弊していますから、どこからか資金を調達しなければならないでしょうねえ」

 「その金がある国はどこだ」

 「英吉利と亜米利加でしたら一国で用意できるでしょうねえ。後、日本も金持ちとききます」

 「どこも嫌だな」

 「でしたら、亜米利加に移民した独逸系の亜米利加人から出させるというのはどうでしょう」

 「それは、一言でいいかえるとユダヤ資金ではないか」

 「そうともいいます」

 「独逸の技術が金にならんか」

 「戦争兵器でしたら確かに世界最先端でしょうねえ。これは売れそうです。なんせ、実戦を経験している国は独仏で、両国が生産している兵器でしたら、兵器の性能に折り紙をつけてやれますよ」

 「どちらにしても、戦争が終わったら金なし、植民地なしのないないづくしの独逸か」

 「退役手当が出ないとどうしましょう」

 

 

 

 

 

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