仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第209話
1912年(大正元年)十二月十三日
仏蘭西 パリ アンドリュー家
「妹からの手紙だ。
経営に専念されているお兄様へ
此度、二度の昇進により中尉になってしまいました。昇進自体は喜ばしいことです。もちろん、偵察機が故障してそのまま、独逸の捕虜となってしまったことを考えれば、天国と地獄ほどの差があることでしょう。しかし、その昇進しすぎたといえなくもありません。戦争が終われば除隊して航空会社を立ち上げ、操縦士として勤務するつもりでしたが。その実現もいくつかの理由でかなわなくなりました。第一の理由は、操縦士として操縦している最中は、客に無防備な背中をさらすことになります。その無防備な背中に刃物なり、飛び道具でズドンと一刺しされるのを空軍省が許してくれなくなりました。
「いわゆる有名税の一つだろうな。我が家のような名家がそのようなことをすべきではないと周りから言われれば自説を通してしまうのは無理があるだろう。むろん、妹の名声が大きくなってしまい、家業にもいい影響が出ているほどだ。『あのアンナ中尉のアンドリュー家ですか』というのが世間の認識だな。さて、それでも妹はくじけまい。それで、どうするのだ、妹よ」
操縦士になれないのでしたら、せめて一族で航空会社を設立していただきたくあります。目下、戦争に協力していただいた映画会社三社に順次、撮影をすることになっております。もちろん、出演料は必要ないのですが、せめて航空会社の操縦士になれないのでしたら、三社からいただける出演料をそのまま、大西洋無着陸横断飛行に成功してくれました方への賞金として提供する方向で話をまとめるつもりです。そして、映画出演の後は、空軍で操縦士を育てる教師として籍を置くことになるでしょう。むろん、太平洋無着陸横断に成功してくれた方と結婚をするつもりです。どうか、妹のわがままをききいれてくださいますようにお願いします。
「ほう、これは妹なりの求婚の断りの方法かねえ。航続距離二百キロほどの飛行機が大西洋横断となれば、航続距離六千キロを飛ばねばならん。妹よ、それが可能になるには十年ですまないことだろう。それまで未婚でいるつもりか。かといって、それに耳をかすような妹ではあるまい。これはとっとと奇跡の飛行が成功するようにAA航空からも懸賞金を出すことにしよう。ちなみにAA航空の初航路は、パリと仏蘭西北東部独逸国境にかかるメス間を飛行する路線としようか。今から設立を始めて来年中に開設できれば上々か。いや、アンナの名声が生きているうちに開設をいそがせるべきだろう。四月から飛行できるように準備を急がねば、妹の結婚も遅くなってしまう」
十二月十五日
仏蘭西空軍司令部
「アンナ中尉が、大西洋無着陸横断をなした人物と結婚するといっているが、空軍として対応はいかに」
「基本、喜ばしいね。未婚の女性が後十年、空軍に籍を置いてくれるといっているのと同じことだよ」
「彼女の年は、いくつでしたっけ」
「徴兵年齢下限そのモノだ」
「と、いうことは十八ですか」
「では、後、十年は結婚適齢期ですな」
「そのせいかな、空軍を志願する少年少女がケタ違いに志望届けがここに届いている。いやあ、想定外だがうれしい悲鳴だよ」
「とはいえ、陸軍とは違うのですよ、空軍は。使える機体に限りがあるので養成課程に入れる人数は、上限を守らざるを得ません」
「その上限とは、今のところ二千人かね」
「ええ、一つの機体を運用する人数を五人として、無理をいって飛行機四百台を用意させるつもりです」
「今ある機体が二倍になる。アンナ効果とはすばらしいねえ」
「とはいえ、仏蘭西一国を揺さぶる法案が来年、通過しそうですよ」
「それは、やむを得んだろ。戦争中、大陸一の陸軍国家独逸の侵攻をはね返したのは、文字通り火力の大量生産が間に合ったせいだ。その生産に多大な貢献をした勤労女性に参政権を与えるのは、時代の流れだろう」
「いえ、物事は、表があれば裏があります。参政権を獲得するために貢献した女性を肉食女子というのならば、それを許した男子を草食男子という現象がじわじわと進行中です」
「それは、うすうす戦場で感じてたことだよ。陸軍兵士も命令には従順。ただし、突撃に迫力を欠くと、士気が足りないとね」
「なんというか、大物狙いで無謀な結婚を夢見る男子が少なくなっていく風潮がねえ」
「どうされますか、独逸のように車両を陸軍の主力に持ってきますか」
「それも大事だろうが、空軍には関係あるまい。肉食男子を育てるために空軍ができることを検討する必要があるだろう」
「では、どうでしょう。AA航空が無着陸大西洋横断飛行に成功した人物に賞金を出すという企画に仏蘭西空軍も協賛してはいかがでしょう。冒険こそ、肉食系を育てるうえで有効かと」
「よし、国からその資金を引き出してやるぞ」
「頑張りましょう」
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