仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第210話
1912年(大正元年)十二月十七日
ブタペスト近郊 独逸第二師団司令部
「今日から故郷に向けて行進か」
「ロンドンでの調印は、十二月二十四日ですが、それまでに兵士を家族の元にかえさなくては、ギリシア教を宗教とする欧州連盟の根幹が否定されるという人間がいまして」
「そらまあ、トルコを無視したら、イエス=キリストの生誕日を祝うのは、反対する人はいないだろうな」
「それで、マーチン師団長、噂では首都ベルリンで凱旋行進をするとの話って、本当ですか」
「本当だ。苦戦をした戦争というものは、美化というものが必要らしい」
「それで、凱旋行進ですか」
「他はどうでもいいそうだ。獅子奮迅の活躍をした第二師団だけでいいから、首都で王制の人気取りに貢献する必要があると言われてな」
「へえ、それは名誉なことですねえ」
「で、お前達、着がえるように通達が来ているからな」
「ほう、それはいたせりつくせりで」
「カッコよく、パンツアーが映える服装となったからな」
「で、騎兵隊の礼服とどう違うんで」
「そのまんまだ。ただな、世間は、パンツアー仕様を第二師団で、歩兵部隊を他の部隊で行進させるつもりらしい」
「ところで、話はかわりますが師団長の格好もパンツアーが映える服装ですか」
「どこでその話を」
「いやいや、この話、軍で一番沸いている話題でないですか。師団長は、貴族で救国の英雄で」
「パンツアー部隊こと第二師団を率いている名将で」
「独逸軍にある飛行機の大半を配下におさめる事実上の空軍指揮官で」
「そうそう、空軍の格好でもいけますよね」
「そこ、賭けの大口だね」
「俺たちにしてみれば、一番の難易度が高かった仏蘭西占領地からの撤退戦で騎兵隊隊長として」
「これ、世間で一番、有名な白馬にのった王子編ね」
「と、まあ、いろいろな方向に話が広がるんですが、俺たちと師団長との中ではないですか、こっそり教えてくれませんか」
「同じ死線をくぐりぬけてきたお前達なら、こっそり教えてもいい。が、それは邪な考えは入っていまいな」
「も、もちろんですよ」
「はて、先程の話で大口という言葉と賭けが投げつけられたんだが」
「それに対する返答は」
「す、すいません。みんな好き好きな方向に賭け金を乗せています」
「一部の連中は信念で賭けているやつもいますが」
「だったら、現状を教えておいてやる」
「それだけで結構です」
「では、貴族としての誇りを押し付けてくれ連中がいるが、それを望むのは?」
「軍の上の連中ですね」
「そいつらは、貴族らしく騎兵隊隊長の格好で行進しろと言ってくる」
「それが上からの圧力ですか」
「ま、そうだな。で、新生独逸を象徴する格好をしろとお願いしてくる連中も多いな」
「機械化師団長といて、出るわけですか。そうすれば技術部は喜ぶでしょうねえ。資金がわんさかと出てきますから」
「それは無視できませんね。講和が結ばれますと、軍の予算は削られる一方ですから」
「そして、最後の連中は派閥として一番大きい」
「英雄の行進を望む連中ですねえ。そりゃ、世の中の半分は女ですからねえ」
「それは言葉が足りん。戦死した男が多数いるわけだから、独逸のいる六割を占めているぞ。夢をみる少年少女も加えてだが」
「そして、戦争で伴侶を失った未亡人は、そうでなければ国に対する不満がつのる」
「具体的にいうと、デモ行進をするということですか」
「それは生ぬるい方だ。仏蘭西に続き、婦人参政権を求めてストライキをおこしかねん」
「あのう、婦人参政権のどこがいけないんで」
「全てをはしょっていうとだな。選挙は多数派が勝つ。つまり、戦死者が多数生じた結果、全人口の55 % は、女だ」
「つ、つまり、選挙は女の主張が通ることになるということですか」
「それにじょうじて、男の地位も相対的に下がるが」
「そ、そんな大事なことが師団長の行進服にかかっているんですか」
「師団長、ご苦労様です」
「と、いうわけで、いい顔をみせないといけない連中が多くてな。悪いがお前たちにここで答えを出すと、師団に迷惑がかかるだけでなく、凱旋行進の翌日には、独逸中でストライキが噴出しかねん。だから、凱旋行進があるキリストの生誕日の前々日まで、ぎりぎりまで誰にも教えるわけにはいかん」
「そりゃ、もう。了解いたしやした」
「「「ああ、結局、答えを教えてもらって、賭けで大儲けをする当てが外れた」」」
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