仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第211話
1912年(大正元年)十二月二十日
独逸墺太利国境線 第二師団貸し切り列車車内
「英雄ってなのは、大変だね」
「周囲に気が配れなければ、孤立」
「下からは、英雄らしくなければそれらしい格好を求める」
「そんなわけで、師団は副師団長に預けて、師団長は飛行機で独逸に弾丸飛行」
「もう、首都で衣装合わせに奔走か」
「いやいや、俺の知り合いに空軍の飛行機乗りがいる。もっとも、名誉ある第二団長を搭乗させる名誉にはありつけなかった」
「その口ぶりだと、何か情報をつかんだな」
「ああ、その飛行機の行き先がわかった」
「はて、ベルリンに向かったんだろ?」
「それが違うんだな。なんと、行先はミュンヘンだ」
「そらまた、ベルリンがかえって遠くなってないか」
「何のためにそんな独逸南部に」
「もしかして、仏蘭西に抜き打ちで攻勢をかけるのか」
「あほか、そうだったら俺たちは、師団長の手足、俺たちもつれていくさ」
「それもそっか。だったら、お偉いさんの受けが悪いような独逸南部で隠密行動をとるのさ」
「師団長は、俺たちに何も命じてなかった。ただ、ベルリンに帰れと、それが師団長の言葉だ。となれば、凱旋行進のために秘密特訓をしてるんではないのか」
「行進のためだけに特訓。しかも、秘密にするなんて。そもそも行進というものは、新兵が荷物をしょって、戦場を駆け巡るためにやる演習のイロハのうち、イにあたる部分だろ。それを師団長とあろう人が」
「案外、貴族だから徒歩での行進には慣れていないとか」
「馬鹿野郎。第二師団全員を敵に回すような発言をするな。古参なら全員知っている。師団長になった時、師団で山岳演習をした時、一番だったのはあの師団長だ」
「て、ことはそんな古参兵が秘密特訓を独逸南部でするってことは、何かがある。そうだな、さんざん苦しめられた露西亜のモグラ作戦を参考にしているとか」
「却下。それのどこに行進に使える部分がある。少なくとも凱旋という言葉に全くなっとらん」
「では、アルプスから氷をとってきて、空からまくとか」
「ほうほう。サンタクロースを自演か。それは思いもつかんことだな。だが、真っ赤なサンタクロースは、凱旋の対極という立ち位置だな。親しみやすさはみとめてやる。それはもう、女子供には受けそうだ」
「別な線から考えてみよう。ミュンヘンだったよな」
「ああ、独逸南部のミュンヘンだ」
「ミュンヘンといえば、オクトーバー祭りだ」
「いいな。百年の歴史を誇る麦酒祭り。ああ、久しぶりにミュンヘンでもどこでもいいから、ビールにウインナー、ここで食わせろ」
「いやいや、あそこの伝統は六十年に渡るパレードにある。近年、仏蘭西を中心にコスプレ行進なる物がはやっているときくが、独逸が本物を見せつけねばなるまい。きっと、師団長は、戦争のため、古参としていたオクトーバーフェスティバルを越える演出をしてくれるに違いない」
「いやいや、オクトーバーフェスティバルに出店していた屋台をごっそりベルリンに引き連れていくために必要な先行だったんだ」
「なんといっても、戦争のために祭りそのモノが三年間、開催されていないのだから、ベルリンで代換え開催しても文句はあるまい」
「そりゃそうだ。ビールにウインナー、これこそ独逸の象徴にして、平和の到来を告げるモノ」
「なあ、このまま、列車を乗り換えてミュンヘンにいっても問題ないだろ。三日間の余裕があるんだ」
「そうだ。副師団長に掛けあってくるわ」
「いけいけ、俺たちはそれができるだけの仕事をした。文句は言わせん」
「副師団長、師団としてミュンヘンにたち寄りたくあります」
「目的をきこう」
「せっかくの凱旋行進をするのならば、ミュンヘンで開催されてきた伝統あるオクトーバーフェスティバルを今年に限って、ベルリンで開催したくあります」
「そのために、屋台とビール職人と給仕をベルリンまで連れて行きたいのであります」
「それに反対したものはいたか」
「全員賛成であります」
「問題を解決するならば、遠回りを許そう。人が三日で集まるか」
「二日あります。この列車は、軍用列車であります。軍用列車として徴発してもかまいません」
「ま、その件はよかろう。もし人が集まらなければ、代わりに第二師団が屋台をすればよいのだからな。では、食材はあるのか」
「なければ、軍需物資で問題ございません。缶詰でかまわないのです。アルコールも軍需物資であります」
「では、最後の問題だ。ミュンヘンは独逸南部で温暖だ。そして秋開催とあって麦酒の初物とうまい季節がそろっている。それを十二月のベルリンでやってうまくいくか」
「いきます。麦酒の飲みかたは独逸のためにあるのです。ホットビールも出しましょう」
「そうまでいわれては、許可を出すしかあるまい。うまくやれ」
「では、師団一段となって命令を執行いたします」
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