仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第212話

 1912年(大正元年)十二月二十三日

 ベルリン

 「なあ、結局、ミュンヘンで師団長に会えなかったな」

 「事務員からの返答は、師団長は、只今スイス国境にある演習地にいらっしゃいますというものだった」

 「師団長に会えますかとの質問に、飛行機で一時間。馬であれば、丸一日かかりますといわれたな」

 「師団長のかえってくる日時を尋ねたら、二十二日ですと返答された」

 「どうやら、本当に秘密特訓のようだな」

 「いまさら、やめられないから、ミュンヘンで駆けずり回って、麦酒職人に麦酒、屋台を出す人と有無を言わさず、二十一日の列車に押し込んでしまったが」

 「それでも、今朝まで設営にかかりっきりで師団長のことを忘れてたわ」

 「マーチン師団長、こんな薄情な部下達をお許しください」

 「ええねん、今日は戦争を終結したことを祝う凱旋行進のある日。少々のことでは、おとがめなし」

 「それよりも、肝心の師団長はどこだ。さすがに凱旋行進当日に居場所を知らないのは上から下まで困るだろ」

 「上には、連絡済みだとさ。師団長は行進行程のちょうど半ばに達したころ、行進に加わるとさ」

 「ふーん。だとしたら、そこで賭けが成立するわけだな」

 「そういうこと。騎兵隊隊長か、パンツアーに乗り込むのか、貴族たるべき格好か、まあ、この中に収まるだろ」

 「それ以外の大穴について、参考までにききたいのだが」

 「それ以外ですと、飛行機乗りが四番目ですね」

 「それはないな。仏蘭西のヒロインとかぶるから」

 「それでしたら、それ以外となりますと歩兵の格好ですかね」

 「まさに、大穴だ。だれだ、そんな夢のないものに賭けたのは」

 「それだと、世間が許さないだろう」

 「まあまあ、ぼちぼち、こちらの心配をしてください。いいですか。凱旋行進を見に来る連中は、ほとんど、独逸の英雄を見に来ているんですよ。それが、行進半ばまで姿を現さないとくれば、その前半部分、観客の不平不満をなんとか解消してやらないといけないんですよ。少なくとも英雄が登場するまで会場がざわつくことは覚悟しておいてください」

 「どうだな、観客から石が飛んでくるのを覚悟しておけば大丈夫だろ」

 「おいおい、気の小さい奴だな。何のために軍需物資だった麦酒に牛肉、ウインナーを放出して屋台を呼んだんだ」

 「もちろん、屋台で観客を満足させ、その場で酔わすためでーす」

 「その通り。ミュンヘンからオクトーバーフェスティバルを呼んだのは、全ては師団長の登場を演出するためだ」

 「そういって、屋台の予算を全て師団長に押し付けるんだ」

 「なんか、師団の過剰演出を全て師団長のしでかすことにしているような気もするが」

 「そこは気にしたら駄目。俺らをほっほといてミュンヘンに出かけた師団長が悪いのさ」

 「そうそう、俺たち、師団長を追いかけてミュンヘンにまでいったのに、門前払いだっただから」

 「いや、墺太利でベルリンにいけという師団長の命令を忠実に守っているやつがいない地点で駄目だろ」

 「問題なし。ちゃんと本日の凱旋行進に間に合わせたんだから」

 

 「行進部隊の半分が出ました」

 「とりの第二師団が出るまでどのくらいか」

 「そうですね。このままですと後十分というところです」

 「で、肝心の英雄の姿は?」

 「それが、誰も見ていないというのです」

 「現場を知る者は、この状況に耐えれん者も出てくるぞ」

 「さっさと、最後の第二師団が出たら、とんずらしましょうか」

 「いや、残しておけ。覚悟だけできていれば問題ない」

 

 「あれって、第二師団だよな」

 「ああ、間違いないだろ。彼らの後は、後続部隊がいない」

 「で、救国の英雄の姿は、どこだ」

 「いない」

 「師団の先頭を進むのだろうが、それらしい車両も馬もない」

 「いや、空馬がいるだろ。あれがフィギアに登場する師団長の乗り馬だろ」

 「そうだな。あの馬は、何度も見たことがある。その後を四人持ちの師団旗を行進している所まで、フィギア売りそのままだ」

 「だといたら、師団長がいればそのまま第二師団なのだろうが、これは詐欺か」

 「そうかもしれん」

 

 「あの上空を進んでいるのはなんだ?」

 「ちょうど、第二師団の真上にくるように進行中だな」

 「楕円形の飛行物体といえば」

 「あれは、独逸南部フリードリヒスハーフェンで製造されたツエッペリンだろ」

 「なるほど、凱旋行進なら空中で停止も出来る飛行船の独断場だな」

 「で、皆、突然の飛行船の登場にびっくりしているけど、俺たちが見たい英雄はどこだ」

 「地上にいないのだから、飛行船の底にあるゴンドラにいるんだろ」

 「それって、凱旋行進をみにきた全員を欺いていないか」

 「どうだろ、安全という観点では満点だろ。それに、飛行船を真近にみる機会に恵まれるのはそうそうない。見世物としては成功だろ」

 「だが、それでも観客の半分は不満だろ」

 「おい、飛行船からロープがたらされたぞ」

 「人がロープをつたわってロープの先端にとりついた」

 「危ないな。落ちそうだぞ」

 「あ、落ちた」

 「大丈夫か、師団旗をもつ四人が血相をかえて落下地点に急行中だ」

 「もしかして、落ちてきた人物こそ、師団長?」

 「そうすれば、血相をかえた四人にも納得できるな」

 「ということは、このままでいくと、大惨事?」

 「むしろ、下敷きになりそうな落下地点から避難しろ」

 「あ、傘が開いた」

 「なんだ?」

 「あれが、パラシュートというやつだ」

 「どうやら、師団旗も間に合いそうだな」

 「お、見事、師団旗に包まれだ」

 「そのまま、着がえか」

 「中から出てきた師団長の服装は、白馬の王子」

 「ということは、賭けは誰が勝ったのだ?」

 「胴元によりますと、飛行機乗りと白馬の王子に賭けた人にそれぞれ賭け金の半金が割り当てらるそうです」

 「ということは、大穴の飛行機乗りに賭けたやつの大儲けか」

 

 

 

 

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