仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第213話
1912年(大正元年)十二月二十四日
ベルリン とある別荘
アライグマ シマルンの冒険
シマルンの習性は、後ろ脚で立つことができ、二本脚で立っている最中、前脚で物をつかむことができる。唯、物をつかむことができるだけでなく、汚れたものを水につけて綺麗にして口に運ぶ習性がある。野生動物の好物といえば、馬を筆頭に角砂糖が好きだ。そこで主人公の少年は、角砂糖をシマルンにやってみることにした。その後の行動を観察するために、母親とそろってシマルンの行動をわくわくしながら見ていた。
シマルンは、受け取った角砂糖をいつものように水に浸して洗い物をする習性、そのままに水の中から綺麗になった角砂糖を口に運ぶつもりだった。けれど、角砂糖は水に溶けてしまい、シマルンの前脚の中で小さくなるばかりで、とうとう何も残りませんでした。これをみていた母子は、大いに笑いました。が、シマルンはきょとんとしたまま必死に角砂糖なる物を探すのでした。
笑い終わった主人公は、シマルンに悪いことをしたと思い、改めて氷砂糖を渡してやりました。これを受け取ったシマルンは、氷砂糖を洗った後、口にすることができました。氷砂糖は、シマルンの大好物となりました。
シマルンは、元々、森の中で母親のアライグマと暮らしていました。元は、大自然が広がっていた土地でしたが、人口が増えるにつれ、森の木を切り、木は薪となり、木のなくなった荒野は、牧草地や畑にかわって行きました。森が小さくなるにつれ、アライグマの生息地は小さくなってゆき、雑食性のアライグマはえさを求めてふもとに降りてきましたが、そこを漁師に見つかり、母親のアライグマは猟銃で殺され、小さかったシマルンは、漁師に見放され、主人公がそれを拾って飼育するようになりました。
最初、主人公の両手に抱えることができたシマルンは、いたずら好きでしたがその体が小さかったこともあり、周囲の人々の目を優しく見守ってくれました。しかし、一年、二年と主人公と過ごすうち、シマルンはぐんぐんと大きくなってゆき、主人公はシマルンを両手で抱えることができなくなるまで大きくなりました。大きくなるにつれ、アライグマの習性は本領をみせるようになりました。前脚の爪で木材の研ぎをする。周囲の畑を食い荒らすようになってゆくのでした。このままでは、シマルンの母親のように猟銃で殺される日が近づくのを主人公は日々感じ取るようになってゆくのでした。とうとう、主人公は、森深くまでシマルンを連れてゆき、森に放すことにしました。シマルンの大好きな氷砂糖を食べている最中に、川を渡りにおいを消し、元いた村を出ていくという徹底ぶりでした。
「では、cimarn こと、marcin の対策協議会をこれより開くことにします」
「なんですか、昨日の凱旋行進、マーチン第二師団のおふざけぶり、民衆にこびること、甚だしすぎますなあ」
「大事な肉や酒といった軍需物資をたかが凱旋行進のために使うとは、まだ昨日の地点で講和が成立していないわけですから、仏蘭西が攻めてきた場合、どう責任を取るつもりだったのでしょう」
「英雄ってなものは、最初は民衆にこびますが、そのうち民衆を害するようになるものと相場は決まってますよ」
「そして、凱旋行進も八方美人ですな。上からの覚えもいいように、白馬にまたがり」
「機械化を推進するために、技術部にいい顔をするために飛行船に乗り」
「民衆に受けるために、パラシュートなるモノで民衆の目を全て自分のものにするために空を降下する」
「いやはや、サーカス団の一座ですかな。第二師団というものは」
「それだけではありません。軍隊に入りたい希望者は、第一希望として第二師団と記入するそうです」
「で、近衛師団はどのくらいの第一希望を集めるんで」
「それが、戦争が終わる前は安全な首都警備ということもあり、人気は三番目でしたが」
「今は、下から数えた方がいいかと」
「つまり、貴族以外の希望者がいないというのですな」
「それは、困りましたねえ。近衛師団に入れてやるといって、便宜をはかっていたのですが、それが意味をなさなくなりましたか」
「これも全て第二師団が機械化師団と空軍を支配している軋轢が生んだものでしょう」
「左様、これ以上、第二師団をつけあがらせてはまずいでしょう。先日も、第二師団の下級将校は、近衛将校に道を譲らない衝突が報告されています」
「いけません。貴族をないがしろにする風潮はすぐさま徹底的につぶしましょう」
「そうです。『アライグマ シマルン』のように英雄異質論を唱えましょう」
「その通り。英雄というのは戦争があれば役に立つというもの。その戦争が終われば無用の長物」
「国王にそのように吹き込もうではないか。マーチン師団長は、帝政打倒論者であり、共和制かつ首相制への移行を強硬に主張していると」
「そうしましょう、そして第二師団が有する機械化師団並びに空軍は近衛直轄にいたしましょう」
「となると、私も自動車の運転ができなければなりませんか」
「いえ、必ずしも必要ありません。自動車というものはあくまで運転手一人がいれば動きます」
「つまり、馬車でいう御者がいればパンツアーは動くので」
「その通り。指揮者は命令一つすればいいのですよ」
「ほう、それはいいことをききました」
「しかし、『アライグマ シマルン』の話をどこで拾ってこられたのですかな」
「とあるところですね」
1913年(大正二年)二月二十四日
ベルリン 宮殿
「それで、馬鹿な近衛師団をたきつけた『アライグマ シマルン』の出所はつかめたか」
「いえ、それが正規の流通手段を経たとしか、ヤーパンから返答はございません」
「そら、そういうわな。仏蘭西の同盟国日本にしてみれば、仇敵の独逸に英雄が現れたとあっては、つぶしたくなるわな」
「それに、流通した時期はまだ講和条約が成立していない時期でありますから、諜報行為の一環だと開き直られましても、問題はありません」
「で、民衆の反応は?」
「はあ、それが民衆は角砂糖とアライグマに執着しております」
「アライグマは、北米にしかいません。裕福な連中は、家族にせがまれて、アライグマを亜米利加より輸入しております」
「この対米貿易赤字記録を更新した時期に、嗜好品であるアライグマを輸入するなぞ、国賊行為ですか」
「それができない連中は、角砂糖を皿で溶かす能力がある猿などで満足しております」
「もしくは、馬に角砂糖をやって満足しております」
「我が国は、砂糖が取れないとは言わん」
「はい。テンサイを発見した国は独逸であります。生産量で世界十位に入っています」
「しかし、テンサイの生産よりも食糧輸入の低減をはかりたいのだが」
「あのう、これは深慮遠謀な作戦ではありませんか。たとえ、マーチン師団長の失脚に失敗したところで、独逸の貿易赤字を積み上げ、独逸の作戦継続能力をそぐという」
「くそ、このやるせない思いをどこにぶつければいいのだ」
「とりあえず、民衆はマーチン師団長を支持しています。マーチン師団長を処分して民衆の怒りを買うことは愚であります」
「ああ、そのくらいはわかっている。今の時代民衆が騒げば、仏蘭西のように女性参政権の確立がなるか」
「あるいは、帝政打倒に移行しないとは言い切れません」
「では、怒りの矛先を無能な貴族連中に向ける。近衛師団に所属している連中の頭は解任。残りの連中は、新兵として第二師団以外の師団にばらばらに配属せよ」
「了解いたしました。大半の連中は、それに我慢できず、退役となりましょう」
「ま、そうしておけば、戦争にまったく役立たずだった近衛師団に対する懲罰として、民衆の支持はいただけるであろう」
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