仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第214話
1912年(大正元年)十二月二十五日
ロンドン 外務省秘密情報局
「昨日の欧州大戦の講和条約調印、つつがなく終了してなによりだ」
「各国が疲弊していたところに、大英帝国が圧力をかけたのです。これを無視できる国はありません」
「大英帝国が抱える無傷の兵力を動員する姿勢をみせつけたからな。対価として、独逸帝国が保有していたアフリカ植民地三国をわが国のために使うのは当然だな」
「ナミビアのダイアモンド、タンザニアの金鉱石、カメルーンのカカオ。それぞれ、ここ二十年程の間にせっかく植民地として整備中だったものが、これでは資金の回収も危うかった物件だが」
「これで、アフリカは完全に南部の英吉利領と北部の仏蘭西領でほぼ二分されました」
「だが、新たに得た植民地を足しても独逸と墺太利並びに英吉利で産出されないものがある」
「原油ですね」
「頭が痛い問題だ。陸軍の中には、石炭船をそのまま使えという海軍に対する嫌がらせを口にする者がいるくらいだ」
「本気ではないだろうが。その分、機械化師団を陸軍に創ってやるから、予算をよこせという程度の話だろうが」
「やれやれ、世界一の石油化学国、亜米利加に頭があがらない項目が増えるではないか」
「頭が痛い項目は、そればかりではない。独逸の戦後行政は、仏蘭西と露西亜より劣っている」
「戦後行政といえば、戦争未亡人、戦争孤児、一家の働き手を失って犯罪組織に加担するようになり、治安悪化。それと労働人口減少による生産性の低下か」
「後者は、婦人参政権を認めると改善するが、労働力を人口の半数を占める女性の有効活用につながるがな」
「では、独逸に婦人参政権を薦めるので?」
「いやいや、大国の内政に立ち入るにはおいそれとは言えぬものよ。これが借金でにっちっもさっちもいかなくなった墺太利に対しては債権片手にいいたい放題ができるのだがね」
「では、独逸への内政干渉はなしと」
「逆に独逸からどうにかならないかと相談が舞い込んできている要件があるが」
「へー、独逸が根をあげる要件とはなんなんですか」
「書物には、非売地域の設定ができる。独逸と墺太利を非売地域として、主に仏蘭西と露西亜を販売地域としている浮世絵の『小公女』がやり玉になっているんだ」
「何が問題なんでしょう?資産家であった少女が父親の死亡という逆境により召使同然の立場に蹴落とされ、同級生や教師からのいやがらせ、いやいじめといっていい涙なしではページをめくれない苦境を同僚の手助けで乗り切るいい話ではありませんか」
「最後は父親の友人が教えてくれた父親の遺産により、ハッピーエンドを迎える話だが。これを独逸と墺太利で売らない戦略で当該国は困っているという話につながるんだ」
「はて?目くじらを立てるようなことではないでしょう。日本が独逸と墺太利にいい顔をしないのはある意味当然でしょう」
「この話は、いい話だ。逆況にめげず、日々精一杯生きてゆけば報われるというねえ」
「この話は、戦争孤児には希望につながるのだよ。戦争によって没落しようといつか日のあたる場所を提供してもらえる日を夢見て、犯罪行使に走らない犯罪抑制効果があってだね」
「なるほど、独逸と墺太利にしてみれば国内犯罪の低下をもたらす書物ですから、当然、日本に売ってもらいたいが」
「そうできれば、タダでいいから国内中に配りたいほどなんだが。日本が了承しないという返事しかもらえないそうだ」
「犯罪行為に走らなければ、将来的には生産人口に加わりますし、兵役人口にも加算できますしねえ」
「それを日本は、これは戦争孤児基金のために伊太利、仏蘭西及び露西亜並びに日本幕府が負担して各国に無料配布していますので、普通書物ではないと言い張ってね」
「独逸をなだめるものの、敵対国だった国の書物をよこせというのは、少し無理があるといいたいが、戦後行政を左右するだけに独逸のないものねだりにも理解を示したいが」
「いえ、独逸もわかっているんですよ。小公女だけなら我慢できると、しかし、相乗効果を示すものがなければ、そう事を荒立てないのだろうが、これには厄介な浮世絵がもれなくついてくるんだよ。『わたしのあしながおじさん』も戦時発行だそうだ」
「確か、話の内容は、孤児院出身の少女が手紙を出す代わりに奨学金がもらえ、最後は幸せになるという内容でしたかな」
「上記の国で、少年少女であれば全員、一人一冊ずつもらえる。転売を防ぐために、身分証明書を必要とするが」
「あのう、孤児ほど、身分を証明できないと思うのですが」
「それなら問題ない。世界に映画フィルムを提供する日本が証明書代わりに証明写真を撮ってくれるそうだ」
「で、この証明写真がいい寄付金集めになるそうだ」
「どう、結びつくんで?」
「いいか、世の中は源氏物語で育った女たちが経済を動かしている世界だ」
「もしかして、光源氏がやった紫の上効果ですか」
「そうだ。逆光源氏計画といっていいかな。寄付金を出す側は、奨学金を出す相手の容姿も知りたい。美少年であればなおよし」
「というわけで、大口の寄付金を出す人物は、はじめからその写真をみて容姿端麗な少年に目星をつけて手紙を出す人物を選んでいるんだよ」
「私のあしながおじさんは、最後に主人公の少女とあしながおじさんが家族になる話だが、まあ、結婚まで厚かましいことを考えるのは少数派だろうが、養子に迎える話まで持っていける大金持ちは多い」
「つまり、戦争孤児を養う美談と美少女美少年を一族に迎える寄付者側の利益が一致している話でねえ」
「つまり、小公女が孤児という供給側の質を高める効果を持っているというのならば、あしながおじさんという話は、反対に需要の質を高める。いいかえると、寄付金の増額と将来性への投資効果を高めるというのですか」
「もちろん、そうそう、美少年美少女がいるわけではない。だが、寄付金の額そのものが増えれば、あしなが基金そのものが大きくなってね。その分奨学金を受け取れる戦争孤児の数そのものが増加するのだよ」
「独逸の嘆きも納得です。戦争孤児による犯罪行為を減らす効果と戦争孤児を社会が養う効果が相乗効果を示せば、もしかして貧乏人より戦争孤児の方が恵まれている世の中になるかもしれませんな」
「ちなみに、寄付金を出す人物はどういった人たちで?」
「戦争景気で潤った亜米利加の資本家と日本の出版業界だな」
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