仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第215話
1913年(大正二年)一月二十日
ロンドン 外務省秘密情報局
「一体、どこまでジャブジャブとお金を必要とするんだ」
「独逸と墺太利の突き上げがあるから、欧州連盟あしなが基金を設立する話の提示をしたんだが」
「予算の八割を今後、二十年間使わせろだと」
「当初、予算の三割、十年で手を打とうとしたものが、どうしてこうなった」
「日本の策略でしょうか」
「いえ、この場合、大英帝国が少数派なのです」
「欧州戦争当事国のみならず、周辺国も難民が国境線を越えて自国内になだれ込んでしまうことを恐れています」
「そういえば、ドーバー海峡がある限り、例え隣国仏蘭西であろうと、経済困窮者が船を用意して英吉利を目指すとなれば、手間暇かかる分だけ不利だな」
「船の用意をするにも時間がかかりますし、第一、船の調達代金があればしばらく生活できますから、船の代金がなくなった後、阿蘭陀なり、スペインを目指した方が肉体的精神的にも負担が少ないな」
「常任理事国以外でもそうなのですが、六常任理事国のうち、大英帝国以外は戦争当事国であり、例え、独逸と墺太利が戦争被害者に救済を願うならば、たいていのことは反対する仏露伊三国も同調したわけです」
「極論を言えばですねえ、戦争当事国のために英吉利に本拠地を置いている欧州連盟のお金を使おうとしたわけです。英吉利が管理する植民地のあがりを戦争未参加国なんぞにはやらん。戦争参加国で有効に使ってやるという話に落ち着いてしまったわけです」
「人道援助な分だけ、表立って反対する方につくというのは、国内支持を失うも同じですから」
「英吉利が戦争に参加しなかったのが悪かったのか」
「そこまではいいませんが、戦費の一部負担を大英帝国に押し付けてもかまわないだろうという合意が双方の間で成り立ったとしか」
「これ以降、戦争参加国というくぐり方で英吉利がはじき出されるような場合、すぐさま冷静な対処法を用意しておかねばなりませんね」
「ふん。欧州連盟の金がもはや二十年間出てこないんだ。予算がないんだからもうどうともなれ」
一月一日
イスタンブール 大陸側拠点
「それでは、駐露日本大使館書記官による鍬入れ式をおこないます」
「今回の大陸間トンネル工事の開始をするにあたって、各国代表がえらく勢ぞろいしたな」
「イスタンブールの支配者は、露西亜だ。ボスポラス海峡の封鎖をするだけで露西亜が黒海封鎖を簡単にできてしまう」
「となれば、黒海から海上運送をおこなう東欧各国は露西亜に制海権を握られたに等しいからね」
「もちろん、そういった圧力を抜きにしても経済的にシベリア鉄道とオリエンタル急行の輸送ラインに対する期待は大きいよ」
「そらまあ、西はアムステルダム、東は江戸まで世界最長の経済圏だからそれに組み込まれるだけで、かなりの輸送賃が鉄道埋設国に落ちる」
「露西亜は、このままサンクトペテルブルグを首都にしておくのか?」
「そうだな。悲願の地中海出口を押さえたんだ。遷都の検討をしてもいい」
「そうだな、名目は病弱な皇太子の病気療養でもかまわないだろ」
「それにサンクトペテルブルグは、少しでも欧州の中心に近づきたいという露西亜の要望がありできた首都だが、いささか戦争になれば、対戦国は独逸だろう。機械化師団を有するようになった現在、戦争開始とともに首都包囲をされる都市ではまずいだろ」
「では、遷都をした場合、候補としてシベリア鉄道沿線か」
「世界最大の領土を抱えた帝国だ。候補地は多すぎるな」
「ただ、露西亜にしろ、優先事項はシベリア鉄道の拡充だろうな。沿線整備をしなければ十分な輸送量を確保できない」
「それは確かだ。なんせ、鉄道資金を戦争からは獲得できなかったからな」
「ふう、今回、トンネル工事人夫、人選に困るほどだったな」
「スエズ運河、パナマ運河がともに砂漠と熱帯雨林と工事進行に気候による進行妨害が多大な土地を経験してきた面々からしてみれば隔絶の感があります」
「日本から、シベリア鉄道を使って十日余りで来られるのも応募者が殺到した理由でありましょう」
「それもあるが、ついでに工事期間が終わったらあこがれの欧州留学をしたいという積極派にも好評でしたし」
「というわけで、今回の当初募集人数千人に対し、応募者十万人が殺到してしまったな」
「競争百倍でしたね」
「当選者は羨望の目で見られてたな」
「トンネル工事の場合、人が多くても工事がその分はかどるというものではないんだが」
「せいぜい、アジア側と欧州側の二か所から始めるしか、工事短縮にならないんだが」
「いえいえ、工夫は随所にしてありますよ。蒸気機関車ではなく電車機関車による輸送にしたのもその一環ですよ」
「あれは、トンネルを小さくするためという経費削減」
「トンネルに入る前に、電気機関車を連結すればいいという開き直りだ」
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