仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第216話

 1913年(大正二年)三月十日

 サンクトペテルブルグ 赤い城

 「ねえねえ、最近、お父様は何を考えていらっしゃるのかしら」

 「そうねえ、若草物語四部作も私たち四人を登場人物にして、完結のめどが立ったし」

 「戦争もこのうえなく、露西亜の勝利で終わったし、私たちが戦争賛美映画に出る理由もなくなったし」

 「そうねえ、お父様の頭にあるのは、これに惚れこんだというやつかしら。ほら、戦争末期に日本から浮世絵が欧州各国にバラ撒かれたわねえ」

 「私、私ならアライグマ シマルンの冒険、これ一押し。主人公とシマルンどうこう言う前にアライグマを飼いたい」

 「それは確かにいいわねえ。我が家は宮殿住まいでアライグマを飼っても隣近所から迷惑が来たということはないし。それを飼うだけの余裕は、戦争勝利でお父様も気が大きくなっているから反対はしないだろうし」

 「そうとわかれば、お父様に話をつけてくるね」

 

 「お父様はなんて?」

 「いいんじゃないか、の一言」

 「では、飼うの?」

 「それがそれもいいが、お父様は中国に住むレッサーパンダの写真も用意していたの」

 「さあ、君が飼いたいのは、亜米利加に生息するアライグマ、それとも中国のレッサーパンダ?」

 「ほうほう、お父様はすでに研究済みというわけね。で、どっちにするつもり?」

 「アレクセイも含めてみんなで相談してくるといって、写真と浮世絵をもらってきたの」

 「そうしたら、お父様の考え事とは違ったというわけか。ま、ペットを一匹飼ってもいいという許可が下りたということで無駄にはならなかったと」

 「はいはい、二番手は私。次の映画に小交女を撮影しないかって話をふってみるわ」

 「ねえねえ、いじめってどんなものなのかな」

 「一言でいうとわかんない」

 「物を隠されたり、物を盗まれたりすることかしら」

 「物を隠されたら、侍女にさがさせればいいし。盗まれたら新しいものを買うか。注文を出すだけで済むし」

 「そうねえ。感情移入という面で一番わかんなかった作品だけど、侍女たちは、これが一番だっていう子が最も多かったし」

 「それって、私たちも侍女のお仕事をしなければ小公女の主役を張れないってことかしら」

 

 「お父様に映画の話をしてきたわ」

 「次は、小公女なの?」

 「お父様曰く、若草物語を撮ったら、自分の結婚相手の心配をしなさいって」

 「それって、映画の話はなしってことかしら」

 「理由を聞いたら、戦争に勝って国内体制も安泰だし、わざわざ皇女が映画に出るような非常時でもないし」

 「確かにもっともな話ねえ」

 「で、とどめが年齢的に主役を張るとしたら三女か四女だが、いじめを知らないお前たちに主役は務まらないし、悪役はやって欲しくないという親心をわかって欲しいという顔だったわ」

 「だったら、最後にあしながおじさんにひっかけて、露西亜あしなが基金を創設してはどうかと次女の私がふってくるわ」

 「ねえねえ、あの話、気にいった子を囲むための手段になるのかしら」

 「そうかしら、私のあしながおじさんはこの人かしらと思って、世界中の人々に親切にできる心構えが一番かしら」

 「世界は愛で満ちている。いい言葉ねえ」

 

 「どう、露西亜あしなが基金の話は進行しそう?」

 「今すぐは必要ないだろうという御返事でした」

 「それって、福祉に力を入れないってことなの」

 「それが、欧州であしなが基金が本当に必要なのは、双方で血みどろの戦いをした仏蘭西と独逸であって、露西亜は両国ほど必要性は感じないってさ」

 「そうよねえ。海軍でイスタンブールをとって、この場合、ほぼ戦死者はいなかったし」

 「陸軍が動いたのは、戦争終結直前のみだったし」

 「理想的な勝利をおさめた場合、それに付属するように戦死者は最小限になるというお話をしてくれたわ」

 「それに、拡大した領地を戦死者追悼に割り当てれば、しばらくは十分だ。ただ、能力を持っていながら、生まれで差別されている少年少女に光をさし向けるために彼らにやる気を出させるために、育英資金をそのうち用意する必要性を考慮中だったわ」

 「だとしたら、お父様は全て私たちの考えを上回っていたのかしら」

 「そうかしら、だったら最後は長女の私ね。アレクセイのためにイスタンブールに引っ越しましょうと話をふってみるわ」

 「いってらっしゃい」

 「お父様の悩み事は私たち家族のことかしら、それとも帝国のことかしら」

 

 「ニコライとお前達が温暖なイスタンブールに別荘を構えるのはかまえるのはかまわないっていうことよ」

 「だったら、水着が必要かしら」

 「だが、皇帝の私が住むところは帝国の重要事項だ。そこで全国民に新首都の提言を求めるという話をすることになったわ」

 「え、おねーちゃんの引っ越し話、実現するの?」

 「サンクトペテルブルグもいい所だが、いろいろ問題を抱えているらしいわ。そのために識字率が上昇したことを実感するためにも帝国民全員で提言を集めるそうよ」

 「サンクトペテルブルグは、少し寒いしねえ」

 「これは、遷都の話につながるようよ」

 

 

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