仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第217話
1913年(大正二年)六月二十一日
サンクトペテルブルグ 赤い城
「それでは、今回、帝国民に新しい帝都に関する募集を広く呼び掛け、それに対する返答が寄せられました。司会進行は、首相たる私が務めさせていただきます。それでは、得票が最も多かった事例につきまして、報告させていただきます。現状、サンクトペテルブルク市民からは、現帝都でよいという回答が目立ちました」
「海軍大臣から申し上げます。サンクトペテルブルグは、欠点が見受けられます。その点を危惧されて、皇帝も今回の提案となったと思われます。その欠点は、ヨーロッパ中心部に近すぎる。もっといえば、独逸の攻勢を受け止める前衛拠点としては問題ないでしょうが、その指揮を帝国全土に発するには、籠城戦になった地点でふさわしくありません」
「確かに、独逸は世界で最先端の機械師団を有しています。それにこの攻撃には空陸一体となった攻勢が独逸の持ち味ですねえ。陸軍大臣に問うが、独逸の攻勢をサンクトペテルブルグで支えるに十分か」
「サンクトペテルブルグを要塞都市として普請をかければ、一年でも籠城戦に耐えられるだけの設備を配することは出来ます」
「では、質問をかえよう。野戦で独逸の攻勢をしのげるか」
「それを可能にするには、独逸と同等の機械師団を整備するだけの資金を必要といたします。まずは、その資金調達からお願いいたします」
「では、大蔵大臣。陸軍大臣の要望に応じるには、何年かかるか」
「最優先で五年。ただし、遷都をいたせば遷都費用が優先でございますから、さらに五年の歳月が必要でございます」
「戦力面で考えますに、露仏の二国戦力と独墺の二国戦力がほぼ均等とみてよいでしょう」
「そうだな。仏と露がほぼ均等」
「独と墺では、八対二といったところでしょう」
「では、露西亜一国では独逸を止めるのは困難でしょう」
「そうかといって、陸軍大臣が要望する戦力を整えるとすれば、国が傾くのは必至」
「とすれは、我が国が対独相手にすべき方針は」
「独逸包囲網を敷くように、独逸を複数国で外交による勝利を望みます」
「では、対独相手もその方針が生きるように遷都を実施するほかあるまい」
「では、対独ということですが、できれば独逸からなるべく離れた地点に新しい首都を築くべきです」
「それは一理あります。独逸は戦争継続能力に難を認めます」
「独逸からは、石油が出ない。植民地がない、農地はやせ地で食料供給に余裕がない。この三点にかなった都市を遷都先にすべきです」
「では、ナポレオンの故事に習うべきです。露西亜の冬将軍と独逸を戦わせるべきです」
「では、それを効果的にするのは、焦土作戦となりますでしょうか」
「大蔵大臣といたしましては、独逸に渡すべきでない戦略的要衝を確保するのも大事かと」
「つまり、シベリアに首都を構えるのは駄目か」
「焦土作戦には、各地に連絡がいかねばなりません。シベリアからでは、命令が届くまで時間がかかりすぎます」
「そうですねえ、ウラル山地は強力な天然要塞であります。これを落とすのは、独逸といえど苦戦するでしょう」
「ウラル山脈は、アジアとヨーロッパの国境線ともいうべきところです。欧州連盟に加盟するならば、欧州に首都をおくべきでしょう」
「どの論でいえば、ウラル山地以西というところか」
「大蔵大臣としての意見としては、戦争継続能力をこちらが確保し、独逸の戦争継続能力を奪うという点で、世界屈指の油田地帯であるバクーは、例え、独逸が攻めてきたとしても露西亜が支配すべき都市とすべきです」
「戦争継続能力を保持するのであれば、ウラル山地以東で、製造業が成立するのも必要なことかと」
「製造業は、部品に弾薬といった消耗品が絡んでくるのだが」
「ウラル山地以東で弾薬を現地生産、機械の部品であれば、亜米利加と日本に発注してもそれなりの品質のものが集めることができます」
「となると、冬将軍に頑張っていただくように、独逸への布陣は、南を厚く、北を誘い込むようにとなるでしょうか」
「南部は、交通の要衝としてイスタンブールも抱えているな」
「イスタンブールが残命であれば、独逸もバクーを攻めることか難しいだろうな」
「はい、イスタンブールを残したまま、バクーへ進軍すれば、後方を海軍と陸軍に脅かされますから」
「いやいや、伸びきった兵站線をゲリラ兵で襲撃するだけで、独逸の神経はズタズタになりますよ」
「となりますと、海軍は、クリミア半島を確保すべきです。この半島を確保している限り、独逸は東進できません」
「後、露西亜の首都はやはり交通の要衝が望ましいかと」
「となりますと、シベリア鉄道の沿線か、その延長線上となるな」
「この意見に従いますと、イスタンブール経由で南周りをとる現行経路でありますと、サンクトペテルブルグは、少なくとも鉄道の要衝とは言えませんね」
「独逸との縁が切れた今、貨物はサンクトペテルブルグまで行く便はあるが、プチンとそこが終点駅だな」
「となりますと、候補が絞り込む意見はないか。そのための意見募集であろう」
「はい、私が受けさせていただきました意見に次のようにありました
『セントよりもふくとがいいな』」
「これは、鋭い意見ですなあ。復都となりますとロマノフ王朝に習えというのですな」
「歴史的にも。帝国史以前に戻せと」
「いやいや、文化を運ぶのは、今現在、シベリア方面からでしょ。文化の発信点に近い点を首都をおくのは、露西亜の伝統でござろう」
「どうやら、意見の一致ができたようだな」
「はい。サンクトペテルブルグからそう遠くないモスクワへの復都でしたら、帝国民の支持が得やすいかと」
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