仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第218話
1913年(大正二年)八月十六日
サンクトペテルブルグ 赤い城
「今年の夏は、忙しかったねえ」
「遷都が決まって、その準備に追われ」
「若草物語四部作は、佳境を迎え」
「イスタンブールの戦勝祝いに出席して、海底トンネルを掘っている現場をみせてもらって」
「仕事をしている日本人に出会ったのは、初めてだけど、本当にちょんまげをしてたね」
「汗をふくのが楽そうだったわね」
「はい、はい。私はそのちょんまげに触らせてもらったの。結構堅かった」
「四女の特権よね、そういうの。ただ、仕事の連携は露西亜人を上回るかしら。黙々と仕事をして、上司の指示に従うのを当然と思ってたし」
「仕事を苦にしていない人が多かったね」
「なんでも、その後、仏蘭西に留学するために完成まで頑張って、留学資金を貯めるって人が多かったときいたわ」
「すごい前向きな人が多かった。あれって、識字率が世界一高い国、日本という特性なの」
「そうねえ。かれこれ、かの国が認める戦争が最後に起こったのが十七世紀の初めで、かれこれ、三百年、戦争を知らないということだって」
「それで、その戦争がないことを記念して、最後の戦争からちょうど三百年となる来年は、幕府が音頭をとって大々的に平和を祝う祭典をするそうよ」
「なんでも、戦争を知らないために戦争を忘れないための祝典だって」
「そういえば、私たちもその祝典に招待状をもらったのよねえ。もしかして、来年は、シベリア鉄道の終点、江戸に私たち四人もいけるのかしら」
「はいはい、海鮮、醤油、味噌の各種おでんを制覇してくる」
「日本風ボルシチかあ、調味料の使い方で一日の長を認めるわ」
「では、ここで世界三大スープをあげてみせて」
「もちろん、ボルシチ」
「二番手は、フカヒレ?」
「三番目は、ブイヨンベース」
「私は、トムヤンクン」
「あれ、日本が入る余地がないねえ。味噌汁におでんはどうなるの?」
「それがね、世界三大料理は仏、中華、トルコと昔から決まっているのだけど、世界三大スープというものはそれぞれの地域で答えが違うのよ。仏蘭西人は、逆に仏蘭西料理は世界の冠たる料理。ブイヨンベースを世界三大スープに並べてくれるな。我々の方から辞退いたそうと押し切るよの」
「だから、アジアではブイヨンとボルシチが同じものだとひとまとめにされてしまうのよ。この場合、フカヒレ、トムヤンクン、西洋料理のスープとなるかな」
「そうか、一番目が決まればおのずとその一位をとった料理に流されるのねえ」
「そういうことが多いわ。ただね、世界一のスープは、日本の三陸沖で取れたフカヒレを香港の老舗料理店で出されたフカヒレスープという点ではおおむね決まっているそうよ」
「だとしたら、この場合、日本は原料の製造国となってしまうのかしら」
「どうかしら。中華料理では、フカヒレスープを至上のものとしているけど、日本料理は工夫次第でフカヒレに匹敵するものをつくれる自信があるからとか」
「そうねえ。日本の南端に住んでいる人に言わせれば豚足がうまいっていってたような」
「もうチョイ、北になると鰹節なる乾燥魚の塊だったかしら」
「穏やかな瀬戸内だと、これが鯛のだしが一番だって」
「もう少しうす味が基本となっている土地では、ここも古都だといってたけど、昆布ベースになるようよ」
「で、東日本にいくとこのへん江戸近辺だけど、鰹節がベースになるって話」
「はいはい。私は牡蠣の土手鍋が食べたい」
「ねえねえ。なんで、日本の領地が圧倒的に小さいのにこんなに私達が食べたいものがそろっているのかしら」
「そうねえ、東西に露西亜は圧倒的に大きいけど、南北幅でいうと露西亜はイスタンブール以北とすると、北緯四十一度より北となるわ。ちなみに最北端の街は、北緯七十一度かしら。それに対し、日本は樺太の最北端が北緯五十四度、最南端がフィリピンの南となると北緯六度というところ」
「て、いうことは、南北は露西亜が負けているの」
「そういうことかしら、南北に長い方が料理は千差万別になるのかしら」
「そういえば、コスプレが広まって以降、お弁当は、日本人の独断場らしいわ」
「へ?おにぎりが優秀なの?」
「うーん、この場合、半分正解」
「半分は、日本のお弁当がおいしいであってる?」
「そう、それはあくまで半分なの。勝利の立役者は海苔。これには仏蘭西人も勝てないといってたわ」
「それって、シベリア鉄道に乗ってたら食べることができるの」
「いやいや、一つの作品に二時間の愛情がこもっているそうよ」
「え、お弁当一つに二時間って、それ、料理?それとも芸術?」
「どちらでもあるそうよ。ヒントは、伊太利にあり。ほら、エスプレッソでよくやるでしょ」
「わかった。キャラ弁ね」
「そ、その髪をつくるために海苔以上の素材はないっていうのが定番ね」
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