仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第219話

 1913年(大正二年)八月十六日

 サンクトペテルブルグ 赤い城

 「で、遷都が決まって、お父様のご機嫌がよくなったんだけど、それは、独逸への不安解消ということかしら」

 「それは、ないと思うわ。独逸一国だけでほぼ露仏二カ国の相手ができる国だから、いくら心配してもしすぎるということはないはず」

 「では、対独戦を楽観視しているのかしら」

 「そのことは関係ないと思う。首都サンクトペテルブルグでは、不都合な事実があったのよ」

 「じゃん、そういうわけでお父様の書斎から一冊の冊子を拝借してきました」

 「何何、題名は『キャラ弁の奥義』ですか」

 「お父様、趣味に秘密警察を使ってないよね」

 「さあ、では、読んでいきますよ

 キャラ弁の奥義欧州において、日本並みのキャラ弁をつくる可能性を有する国はわずかである。具体的にいえば、仏蘭西、伊太利、露西亜の三カ国のみである。フィッシュアンドチップスしか、調理できない英吉利は論外。夕食に冷めたソーセージを出してくる独逸や墺太利もお弁当を製作する技能が低い。キャラ弁つくりに必要なのは、七品目を調理する技能を有する国であり、前菜、主食、デザートの三形態を備えた料理でも不十分であるが、キャラ弁を調理できるには最低限の土台となっている。キャラ弁は、欧州民にとっては魔法の料理にみえるかもしれない。食の細い、あるいは偏食の激しい子供が空っぽの弁当箱をかえしてくれる。お弁当の時間もキャラ弁で話題の中心になれる。その弁当を用意した母親の株をあげるなど、理想の家族を演出する魔法の料理である。ただし、そのキャラ弁をつくっているのが家政婦だとばれてしまった時は、引き抜きに注意しなければならない。今の給料の二倍を出すといってひきぬき合戦の渦中にほおりこまれるのを覚悟しなければならないほどである。では、初心者及び中級者向けに必要な技能を色について説明する。初心者は、各色一色用意して十二色を用意する技能があればよい。中級者向けに三十六色を用意するだけの食材について表記してゆくものとする。

 Ⅰ、黄色

    卵焼きやオムライス トウモロコシ チャーハン(金髪を表現するならばこれである)

 Ⅱ、緑

    グリーンピース ホウレンソ ウエンドウ

 Ⅲ、赤

    トマトイチゴ赤飯

 Ⅳ、茶色

    ひき肉 ハンバーグソース

 Ⅴ、黒

    海苔 黒豆 ヒジキ

 Ⅵ、白

    ライス ゆで卵 白ゴマ

 Ⅶ、橙

    オレンジ ニンジン 陳皮(みかんの皮)

 Ⅷ、紫

    ナス 紫キャベツ 紫蘇

 Ⅸ、水色

    キューリ キューイ アケビ

 Ⅹ、桃色

    桃 サクランボ バラ

 ⅩⅠ、黄緑

    キャベツ レタス 昆布

 ⅩⅡ、青

    ブルーベリー 青魚 紫キャベツ

 では、なぜ各色三色用意するかといえば、クララを例にとると、クララの目は青く、クララのワンピースは、青である。となれば、クララの目をブルーベリーで、ワンピースを紫キャベツで現わすのが適当であろう。ここで、紫キャベツを青に当てはめたが、紫色の紫キャベツを青色として使うには、酸性度で十前後の塩基性の安定した物資が必要である。たいていは、酢酸ナトリウムを使うのが適当であろう。注)

 酢酸ナトリウムの pH は、1 M のもので、計算式に従うと、11.6 = 14 - 4.8×0.5と、ここまでで各色を三色用意する理由がわかっていただけたであろうが、初心者が陥りやすいキャラ弁とはどういったものかを列挙する。顔の輪郭をハサミで切った海苔に頼りっぱなしである。黄色といえば、卵焼きやオムレツを用意し、その顔をケチャップで都合、二色ですませるものである。キャラ弁は、あくまで弁当であり、朝調理した弁当を食するとすれば、当然昼食時となるが、この間ほぼ四半日の間に、キャラ弁の色が変色してはならない。初心者は、色の変色を防ぐ技術に乏しいことが多い。では、初級を卒業するよう要点を記述するものとする。顔の部位ごとに一色用いる。例えば、金髪にチャーハン、肌色にひき肉、目にブルーベリーといった具合である。また、色ごとに接触することで変色する素材を引き離す技量が必要である。食事時間に合わせて味を調える。‥‥‥。

 「キャラ弁って、芸術なの?」

 「そうねえ。単なる料理より芸術でしょうねえ」

 「でさあ、ここに悪魔のつぶやきがあったわよねえ」

 「ええ、あったわ。『食の細い、あるいは偏食の激しい子供が空っぽの弁当箱をかえしてくれる。』」

 「これができれば、病弱なアレクセイも元気になるかしら」

 「試してみる価値はあるわ」

 「そうねえ。緑色にパセリ、ピーマン、だいだい色に人参を使っても食べてくれるというのならば、がんばってもいいわ」

 「では、長女のオリガねーちゃんは、黄金のチャーハンを作ってくれると」

 「ちょ、ちょおおと勝手にに決めないで」

 「では、誰がチャーハンを作るの」

 「わかったわよ。私が挑戦するわ」

 「わーい。チャーハンの完成まで三年。おねーちゃん、手首が太くなることうけあいだね」

 

 

 

 

 

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