仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第220話
1913年(大正二年)十月六日
パリ シレン邸
「新学期が始まって、一週間か。長男ポールの学校生活はどうだ」
「それが、新しいクラスになじむのに苦労しているようで、家に帰ってもふさぎこむことが多く、食も細いようで」
「はあー、長女のシャルルが時代の要請とはいえ、ハイカラになってしまい、あまつさえ、欧州戦争に参加したために、後継ぎは期待できん」
「それはしかたなかったのではないでしょうか。一家のうち誰も参戦しないのも肩身が狭かったですし」
「わかっている。それはやむなきことだったんだ。しかしだな、救国のヒロイン、アンナにならって、独身のままでいるとかぬかしやがる」
「シャルルにとって、草食系が増えつつある仏蘭西人男子は、つまんないの一言で終わりなんでしょう」
「だから、シャルルについては期待しておらん。だが、ポールまで学校生活になじめないのでは、一家の前途が暗くなるではないか」
「では、貴方は何に対して憤慨されていらっしゃるのです。今我が家の前途が暗いのであれば、明るい方向に導いてゆくのが家長としての役目でしょう」
「そうはいっても、長女のどこに期待できようか。あのままだとどうしようもない。いっそのこと、シャルルに大西洋横断に挑戦させるか」
「そんな冒険をしなく点もシャルルにもてる要素をつくってあげればよいのよ」
「そうはいってもな。シャルルが興味を示すのは浮世絵の発売日に列を作っても並ぶ根性に玄人はだしの似顔絵。これでどうしろと」
「それを考えるのがあなたの役目」
「だとしたら、料理を猛特訓だ。似顔絵を作るのが好きならキャラ弁も出来る。そいつを宣伝するのは、長男ポールの役目。学校にキャラ弁をもっていけば、ポールの食欲も上昇、ついでにお弁当仲間も出来るに違いない」
「そうすれば一石二鳥ですわね。でも、一石三丁を狙ってもよろしいのでは」
「え、これで金もうけをしろって。わかりました。『キャラ弁認定協会を立ち上げ、名人、皆伝、目録、中級、初級』の免許を出すことにしよう」
「そうとわかれば、まずは初級の免許を与える課題内容を決めなければなりませんね」
「そうとわかれば、シャルルを呼んできなさい。シャルルに皆伝まで免許を取得してもらおう」
「シャルル、パパが呼んでるわよ」
「何、パパ?」
「シャルル、お前の進路についてはもう何も言わん。だが、ポールが学校になじめないのであれば、それに協力してもらいたい」
「わかったわ。私にできることなら」
「では、まずその課題を出す。
顔を食パン一切れで、目をゆで卵のスライスで、眉毛をチョコレートで、ほっぺをウインナー
で作ってもらいたい」
「そんな簡単なことでいいの」
「それは単なる腕試しだ」
「そうねえ。初級の免許がもらえる内容かしら。食パンを切る。ゆで卵をつくる。眉毛、唇をチョコレートでなぞる絵心。ウインナーを炒める技量があればできることよねえ」
「それがすんだら、次の日の弁当内容を告示する。
三毛猫の顔を白米とチャーハン、ひき肉炒めで基盤を作ってもらう
ひげを海苔で、目をチーズと黒豆で表現してもらう」
「なんなの、一気に難易度があがってない。白米とさらっと言ってくれたけど、釜で御飯を焚けといってるよの。それに、チャーハンの技能がどんなに難しいと思ってるの。中華料理はチャーハンに始まり、チャーハンに終わるといわれるほどで、仏蘭西料理でいえば、オムレツを極めたということよ。それに、黒豆といったけど、黒豆を煮るには数時間が必要よ。三日でできる話ではないわ」
「あわてるな。一カ月かかってもかまわん。ただし、この猫弁に必要な色は何色だ?」
「ええーーと、全部で五色」
「そうねえ。それじゃあ、中級はあげれないわねえ」
「そうだ。中級を習得できるには、チャーハンを調理できることと虹色というか七色を使いこなさなければ駄目だ」
「それが、中級というのなら、それ以上の階級についても一応聞いておきたいわ」
「目録は、十二色を使いこなすこと」
「皆伝となれば、三十六色を予定しているわ」
「それできるようになるまで、私に付き合えと」
「そうだな、初級の試験を一ヶ月後」
「中級は三ヶ月後ね」
「目録は半年後」
「皆伝は、一年後にキャラ弁認定協会が免許を出すことにする予定なの」
「つまり、最低一年はキャラ弁に捧げろというの」
「そうはいってないわ。半年がんばって、名人とよばれてもかまわないよ」
「冗談でしょ。私にそこまでする必要はないわ」
「でも、君が頑張らないと、ポールが学校で孤立してしまいそうなんだよ。君の力があれば、ポールは学校に行くのが楽しくなる魔法をかけることができると踏んだのだが」
「うううう、わかったわよ。とっととこの茶番を終わらせてやるわ」
「そう来ると思っていたよ。君が皆伝を取れれば、我がキャラ弁認定協会の理事として迎えてあげよう」
「こちらからお断りするわ」
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