仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第221話
1914年(大正三年)三月二十五日
サンクトペテルブルグ 赤い城
「露西亜皇帝にとって、この勅令はどれほどの喜びか」
「そうだな、露西亜帝国でなく皇室にとっては、欧州大戦での露西亜勝利以上の慶事かもしれん」
「あの皇太子殿下を学校に入学させる勅令を受けとった時、ついうっかりそれを落としてしまったが、皇帝からのおとがめはなかった。ただ一言、最速でその勅令を達成せよとの一言をいただいただけだ」
「幸い、今は春休みだ。どんなに急がせたところで、四学期頭に転入させるまでだ」
「それは助かる。さすがにあちらこちらに手続きをせねばならないからな」
「ようやく、皇太子アレクセイが世間にお披露目か。これでうるさい後継問題も鎮静化するだろうな」
「それがな、新たな問題が生まれた」
「へっ、皇太孫をめぐっての争いか?」
「いや、思えも古株なら知ってるだろ。一年前までの皇太子がどれほど病弱だったかを」
「ああ、そうだな。皇室内で家庭教師をつけて、人前には出てこないとのもっぱらの噂だが」
「それを四姉妹がつくったキャラ弁を食べるようになってから、学校に通うと言い出すまでになったんだぞ」
「おかげ様でうちのもキャラ弁をつくるのがうまくてな。プライドが高くなっていくばかりでかなわん」
「そうじゃない。皇太子にとっては姉のキャラ弁をすりこみも同然だったわけで、親族がつくるキャラ弁以外、受け付けないんだな」
「それはまずかろうが、皇族として」
「そうだな、どれほどまずいかといえば、四姉妹を国外に婚姻外交としておくりだすことができないほど都合が悪い」
「しかし、皇帝ではないが『お父様、キャラ弁って本来、職場や学校に持っていって食べるものなんでしょ。だから、僕学校にいきたい』と言われてみろ、そんなことなぞ些細なことだと思えるほど、『よしわかった。春から学校に通う準備をしておくぞ』と二つ返事してしまうほど、慶事に違いない」
「確かに、これで露西亜国内は政治的にも安定するし、皇后の喜びは目に見えるようだな」
「おそるべし、キャラ弁、単なる人に微笑みをもたらすだけの魔法でなかったのか」
「そういや、お前もキャラ弁を持ってきてたよな、おまえも心なしかお腹がへっこんでないか」
「おう、そういや、なんとなくだが体も軽い」
「「「ジージージー、いや、実際、肥満体でなくなってるな、こりゃ」」」
「馬鹿、これ以上、俺の妻をほめるな。そのうち、俺を洗濯係にしようともくろんでんだぞ。これ以上持ちあげられてみろ、俺は家に帰っては洗濯するのが仕事になるぞ」
「でも、お前のキャラ弁、うまい、美しいがすでに備わってたよな」
「それに加えて、お前がモテル体になるとは恐るべし」
「お前が洗濯係を断って、離婚するようなら俺がすぐに結婚してやるぞ」
「「「俺も」」」
「孤立無援か」
「おう、みんな、お前の離婚を心から望んでいるからな」
四月十五日
ロンドン 外務省
「どうだ、キャラ弁の研究は進んでいるか」
「はい、今回、キャラ弁を食べさせる部隊と今までの弁当を食べさせる部隊との比較実験のをおこないました」
「能書きは結構だ。結論をいただこう。なんせ、キャラ弁を作る技能を持つ料理人を雇うのにどれほど苦労したと思う。外交官と同額の給与を飲まざるをえなかったんだぞ」
「はい、それはまわりにキャラ弁をつくることができる人材がいないせいでもありました」
「それを言うな。独逸と墺太利も同様だ。それでうまい料理をありつけただけ、今回の研究は有意義だったが」
「はい、それには深く同意いたしますが、料理人が拗ねてしまっています。それほどたくさんのキャラ弁をつくるほど、余裕はないといってました」
「それは役得というものだが、結論をきこう」
「はい、
食欲、やる気、おいしさ等、キャラ弁の方が数段優れている結果が得られました。
また、被験者である部隊員はキャラ弁を食べていた方が体調がいいといってまして、できるならば、比較実験が終了後もキャラ弁を食べたいといっています」
「なるほど、私の元に入った情報のよれば、今年露西亜の皇太子が国外遊説に出かけるとある。この情報もガセではないようだな」
「あのひきこもりの皇太子が国外遊説ですか、一体どんな魔法を使ったのでしょう。そしてその行先は」
「当然、欧州かと思っていたが、日本へ行くそうだ。四姉妹といっしょにな。この秋に平和の祭典に招かれたそうだ」
「へえー、それはまた遠いところへご苦労様です」
「お前知らないのだな。大英帝国からもジョージ五世が式典に参列される」
「なんで、そんな極東の僻地へ皇太子が赴かれるのですか」
「一つは、敵である露西亜皇太子アレクセイのお披露目となる式典だからだ。敵を観察するならば、こちらも皇太子をおくるのが理屈は通るな」
「ま、確かに」
「第二は、病弱だった露西亜皇太子を健康にしたキャラ弁を本家本元で視察してくるためだ」
「確かにそれはうらやましいですねえ」
「第三は、その招待状がひきてあまたでな。皇太子殿下がいかれないのであれば、ぜひとも私ども夫妻がという連中が多くてな。収拾をつけるために、皇太子殿下が快く承諾していただいた」
「なるほど、プラチナチケットでしたか」
「所で、対照実験に連れてきた料理人は、中級か、それとも皆伝級か」
「某の見立てですと、中級程度かと」
「よし、それでは追加実験をおこなう。今度は、免許皆伝級と思われる料理人を連れて来て実験をせよ」
「かしこまりました」
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