仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第222話

 1914年(大正三年)十月六日

 パリ 富嶽三十六景美術館

 「晴れて助かった。今日は、この美術館の庭園をどうしても使いたかったからな」

 「今日は、キャラ弁の皆伝試験当日。三十六色を使いこなす色彩豊かな会場といえば、ここしか浮かばなかった」

 「それにしても、中級者試験に押し掛けた受験者数には驚いたものだ」

 「その中級者試験に受かれば、同棲もしくは結婚しているカップルには、一つの契約が成立するものとする風潮が流されたおかげだ」

 「洗濯をするのは、キャラ弁中級に受かった伴侶を持つ当事者にすべしというものだ」

 「確かに、キャラ弁中級に受かれば家事に万能であることの証明書みたいなものですね」

 「どれほど、調理に時間短縮をはかろうと、炊飯という行為一つをとってもキャラ弁というものは、時間を食いますからね」

 「その流れで、女性解放論者が有能な女性を家事労働から解放をという論調が生まれた」

 「では、その有能な根拠を示していただきたいと反対論者は突っ込んだ」

 「その質問を待っていたかのように、その反論に対し『家事万能というのは、キャラ弁中級試験に合格した者です』と根拠をあげた」

 「反対論者は、そこで行き詰ったな」

 「もし、それは根拠のない嘘っぱちというのなら、家事労働者全員を敵に回すようなものだ」

 「そうでなくとも、戦争が終わってからというもの、仏蘭西は婦人参政権を与え独逸との苦しい総力戦をなんとか引き分けにもっていくために貢献した女子に報いたというのに」

 「その結果、有効投票のうち、六割近くを女性票が占める」

 「あの場で、反対論者が下手な反論をしようものなら、『では、法案として国会に提出してみましょうか』と自信満々で挑まれただろうな」

 「そんなことになってみろ。その反対論者は、余計なことをしたとして、残りの票を持つ男子から総スカンをくらってしまっていただろうな」

 「そうなると、本末転倒だな。男性優位を訴えるために、男性側に立っていたつもりが後ろから味方から退場を命じられる哀れな論者となり果てるところだったな」

 「と、いうわけで双方ひけない状況になったところで、妥協の産物。キャラ弁中級資格を習得した伴侶は、自発的に洗濯を引き受けるという慣習に落ち着くところになったな」

 「これなら、たとえ、伴侶が洗濯をしなくとも罰則はない」

 「ただし、離婚の際は相当不利になることを覚悟すべきだな」

 「裁判官の印象も最悪だしね。それに離婚が確定する前から、金の卵を産むダチョウを手放したという風評を黙って甘受するしかあるまい」

 「いやその前に、伴侶の同棲生活を見せつけられることを覚悟しておいた方がいいな」

 「というわけで、外野が相当煩いわけだが、その圧力に屈することなくまずは、課題をどうするつもりで」

 「三十六色を使いこなすことが、皆伝の極意というのは広く伝わっています。ですが、今回はその第一回というわけですから、基本十二色のうち、黄色について三色用意できる方を第一の合格基準といたそうと思います」

 「となりますと、金髪以外に黄色二色を用いる題材となりそうですねえ」

 「ええ、チャーハンを使いこなすことは、中華を極めたと言い換えてもおかしくないでしょう。米を炊くという風習は、西欧ではキャラ弁のために始まったといっても過言ではありません。中華鍋を使いこなす技量があれば、今回の合格にかなり近いと言えるでしょう」

 「となりますと、金髪をトレードマークにしている人物ですか、こればっかりでは、ヒントが少なすぎますねえ」

 「では、女性解放論者が喜びそうな作家アレクサンドル=デュマの登場人物という縛りを与えましょう」

 「となりますと、三銃士の登場人物ですな」

 「ダルタニヤンは、黒髪というのが通説になってますし、該当人物は一人に絞られました」

 「ええ、浮世絵三銃士の設定で有名な男装のアラミスを題材に選ばせていただきました」

 「ほう、それに受験者は苦労するのでしょうか」

 「それとも、課題に共感するのでしょうか」

 「合格したら、洗濯に加え掃除まで伴侶に押し付ける段取りを用意しているのでしょうか」

 「それで、肝心の合格率はどうなるのでしょう」

 「さあ、それは受験者の技能レベルしだではないでしょうか」

 「そのへんの圧力はなかったのですか」

 「当然ありますよ。反対論者は、合格率一割未満を公然と主張してなさいましたし」

 「それでは、会場の非受験者が納得しないでしょうが」

 「ええ、もちろんといいたいところですが、まだ第一回目の試験ですので、合格者を絞るのも拡げるのも監督者次第でしょうねえ」

 「では、圧力を加えるのは、監督者というわけですか」

 「あのう、皆さん、熱くなるのは結構ですが、あくまで伴侶の仕事が増えるという設定ですよ、世界の冠たる仏蘭西料理は、男の仕事ですよ」

 「当然だ。あんな重労働は、女の戦場ではない」

 「いえ、パリは仏蘭西料理の中心で、受験者にどれほど男が混じっていると思われますか」

 「ざあ――と会場をみる限り、三割の入場者が男だな」

 「ええ、別に男が受験しても問題ないわけで、自分の技量に見合うだけの給料をいただきたいという資格試験では当たり前の理由で試験を受けている方々も四割ほどいらっしゃいますよ」

 「そうだな。俺たちに家事労働を押し付けられなければ、口を挟まなくともよいだろう」

 「そうですよね。キャラ弁皆伝資格をとっていますと、もてそうな気もしますが」

 「俺、料理学校に通うわ」

 「どうやら、ここにいる方々も一枚岩でないようで」

 

 

 

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