仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第223話

 1914年(大正三年)十一月十九日

 オテル 日本橋

 「ここにお集まりの皆さまに、幕府を代表して御礼を申し上げます。日本では、ちょうど三百年前に最後に戦争をしてからというもの、戦争を経験しておりません。これはひとえに、世界平和に貢献する日本の姿勢が世界中から評価していただいた証拠と言えるでしょう。そのため、日本では他人との交誼を結ぶにあたって、全国各地に郷土料理が広がっています。その広がりと言ったら、世界一といっても過言ではないでしょう。その郷土料理の一環をこの場にお集まりの皆さま方とともに会食し、交流の場といたしたくあります。なお、この場には、隣国露西亜より四名の皇女が料理人として、皇太子殿下が指揮者としてご参加していただけることになりました。どうぞ、皆さま方のご理解をお願いします。なお、今回、招待状を送らせていただいた方々の多くは、伴侶並びに御息女を伴っております。どうか、そのあたりを含めて交流をなさっていただくようにお願いします。それでは、まずは世界に広めるための日本食です。料理の実演をご鑑賞していただきます」

 「四姉妹が料理人として参加するのはまだわかるが、アレクセイが指揮者とは、これいかに?」

 「おいおいわかることでしょうが、さすがは、キャラ弁の本家ですねえ」

 「そうだな。まずは料理の器、陶器に目がいくな」

 「南から青が美しい伊万里焼」

 「器もキャラ弁を演出する一環か。これは、さすがに本家を演出する気配りだな」

 「ほう、こちらは備前焼か。茶色を演出する陶器であるとともに、でこぼこしたでき上がりがそのまま、色の境界線として働いているな」

 「あちらは、色の三段重ね。はて、どう境界線をつくっているのだ」

 「よくみろ。その隣で寒天を煮ている助手がいる。どうやら、色の境界線をつくるのではなく、寒天によって境界線をくっつけているのだな」

 「なるほど、となるとあっちは、寒天に色をつけているのだな」

 「寒天は、明治になって日本が輸出を始めた大事な戦略物資だ」

 「独逸人のコッホが始めた細菌培養によって、世界中が必要とする物資だか、色つき寒天か」

 「そうなると、これからは寒天培地とキャラ弁とで寒天の奪い合いを始めそうだな」

 「そうだが、本家本元を自認するだけあって、一番難しい青色が多様だな」

 「西洋では、プルシアンブルーが使えるようになるまで、絵画に使う青を選択するのが難しかったんだがな」

 「単純な鰯の色というのは少ないな。少し隣接の色である紫あるいは水色を加工している料理人も多い」

 「色の魔術師は、日本にたくさんいそうだな」

 「ところで料理人と参加している皇女様方は」

 「オーちゃんは、紫キャベツで青色を海一面に、ターちゃんは、ライスで白をつくって連絡船の形に。マーちゃんは、海苔を切ってカモメの形にして三匹、アーちゃんは、太陽をゆで卵の黄身を五ミリの厚さで切って」

 「「「「了解」」」」

 「ほう、皇女一人一人に一色か」

 「何やら、分業制をしいているようですよ」

 「これは、世紀の瞬間かもしれません。元々、キャラ弁をはじめとする弁当は、料理人が一人、弁当を受け取る人間が一人もしくは複数でしたが」

 「アレクセイ殿下は、料理人が一人ではなく四人。弁当を受け取る人間が一人」

 「これだと、キャラ弁最大の難関、十二色でなく一人当たり二ないし三色になりますねえ」

 「こう言えるかもしれません。今までのキャラ弁は、浮世絵に例えると一人の絵師がデッサンから絵付けまでを担当する美人画であったと」

 「となりますと、今眼前で行われている分業キャラ弁は、絵師、掘師、摺師といったように分業体性が確立した民衆のための版画に相当すると」

 「ということは、動く金が二桁跳ね上がりませんかね」

 「まず考えられるのは、パーティでその重要度を示す指針が色使いを複数人用意できるかにかわるでしょう」

 「でしょうねえ。そうすれば、料理人は自分の担当する色で客の要望に応じて形を整える仕事に専念できます」

 「客は、自分が作りたい作品を自分で作ることができるようになります。ここで、キャラ弁の大衆化第一弾といえますかな」

 「でもそれだと、キャラ弁の価値が一桁上がるだけですよ」

 「だとしたら、家内分業制のさらに進んだ企業体となりえますよ。今までキャラ弁ができない者は肩身が狭いだけでしたが、朝、仮に惣菜屋として開店しているお店に親子で出向き、親子でキャラ弁を作れるようになります」

 「そうなりますねえ。キャラ弁の資材を用意する総菜屋が欧州各地に広まってみなさい。食を握るものが出てくるということです」

 「総菜屋は、そのまま出勤時間が始まれば、キャラ弁の作業場から、出来合いのキャラ弁を売る店とか普通の弁当屋として営業すればよいのですから」

 「だけど、それを成し遂げた人物が一国の皇太子とは誰が予想できたのでしょうか」

 「しかし、複数の料理人を自由に操れる身分の者がそれを発見するという観点に立てば、皇族というのは有利だったのではないでしょうか」

 「できました。今日初めて乗った連絡船の弁当です」

 「「「パチパチパチ」」」

 「では、キャラ弁を自分で作りたい方々は、料理人にそれぞれ注文をお出しください。できる限り、注文を受け付けます」

 「「「わーーーーーーい」」」

 

 

 

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