仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第225話

 1915年(大正四年)一月六日

 モスクワ 赤い城

 「大臣どもの熱意はわかるが、我が息子は、学生生活を一年も経験していない世間知らずでな。将来のことを今決めろといっても経験が足りん。だが、大臣どもにもまくしたてるだけの理由がありそうだが」

 「陛下、けっしてそのようなことは」

 「では、私がする質問に対し、該当者であれば挙手をしておくように」

 「はい」

 「最初の質問は、未成年の親族がいる者は挙手を」

 「「「はい」」」

 「ほぼ全員だな。では、その中で未成年をモスクワに転居させた者」

 「ほう、ほぼ全員だな。遷都とはそういうものかもしれんが、理由は主に二つかな、親族に伴って転居した者あるいは、戦争危険地帯であるサンクトペテルブルグを未然に脱出した者かだが」

 「陛下、遷都があれば帝国の頭脳ともいえる学者も帝都に移住するものです。より良い教育環境を願う者であれば当然かと」

 「ふむ、その点は為政者として喜ばしいものだ。なぜなら、サンクトペテルブルグというモノは、欧州の香りを求めて、なるべく欧州の中心に近づくためにあるようなものだからな。その未練をすっぱりと切り離す潔い態度は称賛に値するものだ」

 「臣民一同、陛下の御心のままに」

 「では、三問目。未成年をモスクワ大学および付属校に編入させた者は、挙手を続けるように」

 「まったくといっていいほどに、手が下がらんな。では、最後の質問だ。息子の編入しそうな学級に入れようと画策した者は、そのままで」

 「結局、ほとんど、手が減らなかったが、代表して、首相よ、その成果はどうだった。全員、手を下してよいぞ」

 「はい。残念ながら、大学の自治を盾に芳しい結果は得られませんでした」

 「では、首相の言葉は置いとくが、息子よ。お前が将来の伴侶を決めていないために、その座を巡って、国内の有力者もおまえの一挙一動に注目しているわけだ。もちろん、これまでの質問ので、親族という言葉を使ったのは、意味がある」

 「まさか、僕の友人の座も狙われているということですか」

 「そういうことだ。お前の取り巻きになれば、そのまま政権中枢への近道だからな」

 「はあ、学校に通うのも複雑怪奇ですねえ」

 「とはいえ、王宮生活をしただけでいきなり皇帝の座を譲渡されてみよ」

 「世間知らずな皇帝が一人出来上がるわけですね」

 「学校とは、為政者になる前に経験しておいた方が社会を垣間見たことができた分だけ有意義だ」

 「では、じいたちが学園の自治に介入したのも不問にせよといわれるのですか」

 「その前に、成果があがらなかったといっただろ。皇帝ともなれば、その前に大学の自治を保証するだけで今回は全てすんだのだが」

 「父上のお考えは、まだありそうですが」

 「お前は、失うものがないようだから反発するだけかもしれんが、お前が失うものをつくってやれば、大臣どもの考えが少しはわかるかもしれないな。というわけで、お前たち四姉妹ともども学校に通いなさい」

 「お父様がそう言われるのでしたら、私たち五人は学校に通いますが、アレクセイの食事はどうなるんでしょう」

 「今まで通りでよい。ただ将来的なものを話しておかねばなるまい」

 「では、王宮で調理をするのはこれまで通りですね」

 「大臣どもを交えて、将来的なことも伝えねばなるまい。まず、露西亜によしみを求めて求婚をしてくる者どもは、留学生という形をとってモスクワ大学あるいはその付属校に入学してもらう」

 「陛下、病弱な皇太子妃候補はいかがいたしますか」

 「王宮調理師に命じて、留学生である間は息子と同じものを供給する体制を整えてやる。実際、効果は未知数だからな。皇太子と同じ物を食べているとなればこちらとしては、最大限の誠意だ」

 「そうすれば、おくりだした国は納得するでしょう。では、四姉妹に求婚してきた国に対してはどうされますか」

 「大学の自治を盾に取る。大学にいる間は、皇太子だろうが公爵子弟であろうが平民であろうが平等だ」

 「つまり、陛下のいいたいことは、学校にいる間は学生の自由である。誰と誰が婚約しようが、つきあいはどのようになってもかまわないと」

 「そういう方針で行く。四姉妹が南欧の王族と婚約しようと、北欧からの留学生が露西亜の平民と結婚しようが、干渉しない」

 「ということは、陛下は皇女四姉妹も誰と結婚しようが構わないといわれるのですか」

 「国内外の誰と結婚してもそれは、娘が決めたことであるからな」

 「ということは、殿下は何もしていなければそのうち四姉妹と離れてしまうこともあり得ると」

 「そうだ。それが世間だ。がんばって、自分の親衛隊の連中と四姉妹をくっつけ、今の生活を最大限維持できる場合もあり得るが」

 「学校は、殿下にとって決断を迫る場のようですな」

 「とにかく、求婚した連中を全て露西亜は受け入れる方針で進めてくれ。モスクワ大学付属校に入学してからは、身分は通用しない、横一線だ」

 「わかりました。陛下のご希望にできるだけそうようにいたします」

 「わかったわ。父上がモスクワ遷都で上機嫌なのは、シベリア鉄道沿いで浮世絵の発売日に誰よりも早く読むことができるせいだわ」

 「確かに、サンクトペテルブルグだと独逸を経由する便がなくなったのだから、発売日はモスクワより二日ほど遅くなるわね」

 「遷都は、お父様の希望が詰まっていたのね」

 

 

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