仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第226話

 1915年(大正四年)四月十九日

 北欧 とある王宮

 「陛下、末娘のカンナ王女よりお手紙が届いております」

 「ふむ、娘は我が国を代表して、露西亜に留学してくれたのだ。そのまま娘の手紙を読みたまえ」

 「了解しました。僭越ながら、不肖私が代表して朗読させていただきます。

 親愛なるお父様へ

 北欧を出発して、モスクワに到着してから早三ヶ月になろうとしております。留学先であるモスクワ大学付属シュコーラに編入してからは、様々なことがありました。アレクセイ露西亜皇太子との会話は、並大抵なことではかないません。あちらは、キャラ弁を世間に広めた第一人者であり、構内でもキャラ弁王子という通り名の方が有名です。取り巻きの連中も料理に対する一過言を持っており、今日は誰それが新色の料理を持ってきたとか、新しい食材を目の前にして料理法をあれこれと話し合うとかいった具合で、北欧で料理を食べるだけの私では、近づくこともかないません。とはいえ、露西亜帝国が留学生に皇太子と同じ食事を用意するという約束は守られています。そして、そのために皇太子が食べた食材が収穫された土地の話から、我々は教えられていきました。キャラ弁十二色三十六材を用意するために、露西亜は国内外から調達をはかっています。そのための努力は、称賛に値するものです。

 黄色 トオモロコシ ウクライナ地方より缶詰

 緑色、赤色 緑黄色野菜、トマト、イチゴ イスタンブール

 茶色 肉 モスクワ近郊

 黒色 海藻 バルト海

 白色 ライス 日本

 橙色 オレンジ イスタンブール

 紫色、水色 モスクワ近郊農家

 桃色 モモ、サクランボ イスタンブール

 黄緑色 葉野菜 キエフ近郊農家

 青色 ブルーベリー ウクライナ地方

 以上のように、食卓に出された食材の出身地を一つ一つ説明していってくれる給仕係に出会っては、嫌いな人参とピーマンを筆頭として口に入れないわけにはいきません。口に入れたニンジンが醸し出すエグミを覚悟していましたが、そのような舌触りは一向にやってきませんでした。どうやら、露西亜王宮の料理人はそれを消すのにたけているのか、私が食べなければならない威圧感のあまり、舌が麻痺したかのどちらかでしょう。そんな毎日をおくっていますと、いつの間にか食べられない食材が消えました。もちろん、だされる食材は綺麗にキャラ弁の顔になり、食べなければならないというか食い残しをするのが恐ろしい料理ばかりなせいもありますが。そして、大事なことはキャラ弁の極意は、色彩の豊かさにあり、野菜を極めねばキャラ弁が上手になる術がないことにたどり着きます。これは極めて単純なことです。北欧で手に入る食材で料理の色を出すとなれば、牛乳の白、肉加工品の茶色、卵の黄色の三色にほぼ限定されてしまいます。つまり、露西亜王宮で出される色彩の豊かさは、地中海でとれた果物と野菜に依存しているわけであり、露西亜がキャラ弁のメッカになるのは、地中海にでっぱっているイスタンブールとシベリア鉄道沿線が直結している地政学的な理由もあります。言い換えますと、欧州大戦でイスタンブールを獲得していなければ、私が四キロも太ることもなかったでしょうし、露西亜がキャラ弁で欧州中の半病人を留学生として受け入れることもなかったということです」

 「あの病弱な末娘がわずかの期間に四キロ太った。恐るべし、露西亜の秘術だな」

 「はい。うむを言わせぬ説得力というべきでしょうか、食で食べ残しをしなくなったせいで、徐々に胃が大きくなってゆき、健康な人と同じ量を食べることができるようになったともわれます」

 「そして、露西亜は各国からやってきた留学生を過半数でありますが、健康体に近づけております。欧州のみならず世界各国から健康を求める重要人物がモスクワを訪れるのはやみそうにありません」

 「全ての留学生には通用しなかったか」

 「食欲不振だった者は、改善傾向でありましたが。逆に体重過多だった者には、効果が表れない者が多数いました。ただ、まだ三ヶ月でしたので、この中から病弱な体を抜けだす者がいるやもしれませんが」

 「私の方にきた報告によりますと、体重過多な留学生のうち、糖尿病のけがあった患者は、体重減量の効果が表れています」

 「となれば、食欲不振と食欲過多の双方で効果が確認できたわけで、体重でひとくくりにはできないか」

 「はい、それと我が国では緑黄色野菜といった入手困難な食材が多く、我が国で検証しようにも相当な無理がかかります」

 「世界最長の鉄道網と地中海の入り口を押さえた露西亜か。どうやら、友好的な使い方を覚えたようだな」

 「とにかく、留学生を大切に扱ってくれているのはこの手紙からはわかった」

 「ただ、この手紙からもあるように露西亜での成功をわが国に普及させるのは優秀な鉄道網と適地適作ができなければ難しいとしか言えません」

 「なにはともあれ、末娘が一人前になってくれそうだということはわかった。このことだけでも露西亜に感謝しようでなないか」

 

 

 

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