仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第227話

 1915年(大正四年)九月十日

 スペイン バレンシア トーリトマト農園

 「はい、それはミュンヘン行きで九時の列車に間に合わせろ」

 「旦那、このミニトマトはウィーンでしたっけ」

 「ああ、そうだ。丁寧に頼む」

 「了解しました。それにしても品質重視なんて、トマトであり得るんですかい」

 「トマトだからだ。型が崩れようがへこみがあってもいいのなら、トマトの缶詰と変わらん。それなら、英吉利の植民地である印度あたりから独逸や墺太利にトマト缶が届くさ」

 「そんなもんですかい。トマトは意外と日持ちしやすが」

 「いやいや、トマトの形が大事なのだよ。その大きさで、人の目になったり上唇と下唇になったりと。ミニトマトはそのまま、すぼめて口になったりとね。そこにしぼんだトマトが混じる余地はないんだよ」

 「どっちでいいですが、独逸や英吉利の人間がトマトの味がわかるんですかい」

 「半数はわからんでかまわんのだそうだ。ただ、世の中には野菜に様々な格言があるだろ。医者いらずの」

 「トマトが熟せば医者が逃げ出すでしたっけ」

 「もうそれは野菜ごとにあるといってもいい。あ、果物でもあるな」

 「赤くなればというのは、リンゴもそうでしたか」

 「というわけで、人間は健康になるといえば大抵なことに目をつぶってトマトを食うのがこの頃の風潮だ」

 「そんなもんですかい。ま、確かに戦争をした国は男手が減って、結婚できた女房は夫を大事にしてるんでしたっけ」

 「いや、話にきくにはどうもその反対の意見もきくな。男が女より少数ならば、婦人参政権を認めるべしという女性解放論者もいる」

 「だったら、家庭で出る料理も手を抜くんじゃないですかい」

 「そこはほら、この街にも進出したSEC食品が運営する総菜屋がヨーロッパ中に進出しつつあって、手を抜く料理をつくる家庭では、総菜屋に父親と子供が朝のうちに出向いて、自分の手でお弁当を持っていくようになったという話だ」

 「それは、妻の料理に見切りをつけられたってことですかい」

 「寒い土地というのは、ウインナーをゆでれば一週間近く保存ができるからな。毎晩毎晩、三日前の作り置きを出していても、腐りも傷みもしない冷めた夕食が毎日続くんだ」

 「そりゃ、ラテン系では考えられませんねえ。そんな料理を三日出したら、スペイン男子はとっとと逃げ出しやすよ」

 「だから、そんな料理を出す家庭では自衛の策に出たわけよ。自分で弁当を詰めて職場や学校にいけばうまい昼食が食べられる。そんで、冷めた夕食を乗り切るわけさ」

 「まあ、それで南欧のトマトが売れるんなら、万々歳ですが」

 「おう、今度村の会合で、トマトケチャップ製造工場をつくらないかって議題があがっててな、つくるべきかもしれん。なんせ、出荷先はS(outhern)E(uropian)C(haracter)食品が引き取ってくれるんだから、売れ残りの心配はないからな」

 「忙しいのはかまいませんが、給料もあげてくださいよ」

 「おう、代わりに工場の主任に推薦しといてやるわ」

 

 

 

 十月一日

 英吉利 通産省通商部

 「なんだ、昨年の食料輸入、かれこれ二倍に増えとるぞ」

 「金銭面での数字ですねえ。野菜と果物部門は六倍の輸入の伸びを記録しています」

 「どこからだ?」

 「ポルトガル、スペイン、伊太利といった南欧からですねえ。だいたいをSEC食品が一括して輸入をしています」

 「品目は?」

 「トマト、イチゴ、オレンジ、ナス、モモ、ブルーベリーといったところです」

 「我が国の領土、及び植民地で代換は出来ないか」

 「駄目です。我が国の植民地である印度は遠すぎて、鮮度が持ちません」

 「同じことが南部アフリカにも言えます。高温を必要とする野菜を生産できるのは、英吉利近辺で一か所のみです」

 「どこだ?」

 「地中海気候に属するジブラルタルです」

 「あそこは軍事機密が一杯だから、農地には出来ん。それでなくとも対岸を仏蘭西が要塞化しつつあるんだ。英仏で戦争になったら、真っ先に海峡越しに大砲が飛び交う土地だ」

 「では、生鮮食品が生産できる土地は見当たりません」

 「英吉利から輸出は出来んか」

 「国内需要を賄うだけでしか、野菜と果物はありません。それにレタスやホウレンソウといった葉野菜は日持ちが悪く、代換えに輸出しても輸入先ではねられてしまいますよ」

 「くそくそ、出版物に続き、第二の敗戦だな」

 「はい。浮世絵で輸入超過。キャラ弁は、第二の輸入超過です」

 「なあ、英吉利の食事がまずいのが悪いのか」

 「いえ、料理する方に問題があるのではないかと」

 「ええい、何か対策はないか、キャラ弁に対するやつだ」

 「地道に料理人を育ててゆくしかないかと」

 「それは難題だな。英吉利人に欠く者、それは料理人といっても過言でもない」

 「これは独逸にも当てはまりますし、対処のしようがないかと」

 

 

 

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