仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第228話

 1915年(大正四年)十二月十日

 ベルリン 宮殿前街道

 「我々は、鱈ではない。海藻なんか食べなくていい」

 「独逸の伝統は、ウインナーに麦酒。これに勝るものなし」

 「ゆでたジャガイモにニシンの揚げた物、魚は食べるものであり、魚が食べる物なぞ料理ではない」

 「ハンバーグに人参のピクルスこそ独逸のソウルフードだ」

 「独逸の赤とはたぎる血の色、腸詰はその最たる色だ」

 「昆布のどこがうまいんだ。紙を食ってるのと変わらんぞ」

 

 

 SEC(南ヨーロッパキャラクター)食品 ベルリン支店

 「おい、宮殿前のデモ行進。どこが主催しているの」

 「独逸連邦農民協会に反女性解放論者かな」

 「ああ、キャラ弁のあおりを食った連中ねえ」

 「要は、キャラ弁文化のあおりを食って、トマト以下緑黄色野菜を食べる人間が増えたために、売り上げの落ちた連中か」

 「もっと、端的にいえば、キャラ弁三十六色にジャガイモ、麦酒、ワイン、ウインナーが入ってないのはけしからんといっている連中だ」

 「で、やつらの攻撃の矛先はどこへ」

 「食べてもうまくないのは、野菜に海藻類」

 「なるほど、野菜は矛先からはじき出されたか」

 「野菜がなければ、そもそも十二色にもならん。それに独逸人がつくった格言がある。それを辱めては独逸人の心を傷つけるからな」

 「サワークラフトは、キャベツの漬物でちゃんと採用されているから、独逸料理でまず使わない海藻のところにウインナーを入れろってさ」

 「それで、食べても何にもならない昆布やヒジキを攻撃しているのか」

 「実際、キャラ弁をつくりに総菜屋に来ている俺たちも海藻の効用は良くわからんからな」

 「ヒジキを使うのは、キャラ弁で黒色の部分を色づけるのに便利なだけだからな」

 「連中が主張する、数ミリから十センチ四方の大きさまでお弁当を埋め尽くすのに便利なだけ、たったそのためだけにあるような気もしないではないが」

 「はて、どうなんだろ」

 「そりゃ、そこんところがわからないから、独逸の連中もデモ行進してでもキャラ弁の侵攻を止めたいのさ」

 「何のため?」

 「そりゃいろいろさ。男女同権を阻止しようとする政治分野から、畜産業者が廃業しないための経済侵略を阻止して、欧州大戦の戦費を回収するためとか。男は料理なんかしないぞという頑固一徹なやつまで」

 「なるほど、文化の侵略は止めるのが難しいのだな」

 「そりゃそうさ。あいつらも、ここでキャラ弁を詰めている俺たちにどうこう言うことは出来ないさ。はん、俺が何食おうが俺の勝手さと言われれば引き下がるよりほかないからな」

 「でも、とりあえず、ヒジキは黒色として便利だから、このまま使ってしまえ」

 「所でよう。店の中央に積まれた白い塊はなんだ」

 「何かの結晶ですかね」

 「もしかして十三番目の色か。無色透明ってやつを俺は、日本人が使っていたのを知っている」

 「ああ、江戸で使っていたのは主に寒天で透明感ある透明色というやつでしたね」

 「そのうちわかるでしょ」

 「ありがとうございました」

 「これこれ、キャラ弁をつくりに総菜屋に来た時、包装してくれる浮世絵が楽しみなんだよ」

 「そうそう、ある時はおでんの作り方だったり、また夏には透明感あるわらび餅の作り方だったりと」

 「で、今回はなんだ。うまみの話ねえ。そんなのあるの?」

 「あるみたいだぞ。酸っぱい、これサワークラフトでわかる。甘い、これはビートから取れる砂糖だな。しょっぱい、これ、岩塩そのモノだな。苦み、これは野菜というか山菜ですっかりおなじみだな」

 「で、第五の食感としてうまみかあ」

 「そこで、昆布からとれた物をグルタミンナトリウムといううまみとして認定されました」

 「と、いうことは、店の中央に積まれた結晶がグルタミン酸ナトリウムってこと?」

 「外でデモ行進している連中は、ピエロだな」

 「頑張れば頑張るほど、周りの連中から後ろ指さされる」

 「ふうう、明日も頑張ろうといって家に帰ってみたもののデモ行進の成果は全くなし」

 「あのデモ行進もうまみの口コミに利用されるだけかねえ」

 「それよりももっと、連中の受ける被害が増大するさ」

 「そうだな。食料輸入の減少を目指しての活動だったはずが、昆布にはうまみ成分があるとわかってしまえば、当然ヒジキにも含まれている。というわけで、少なくとも俺は、控えめにしていたヒジキのトッピングをこれからはてんこ盛りにしてやる」

 「そうそう、うまみこそ、世界で一番新しい食材であり、海藻の輸入は止まらないぞ」

 「世界は、海藻を食べてこそ通ってやつだ」

 

 

 

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