仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第229話
1916年(大正五年)二月三日
ウィーン モリザ チョコレート専門店
「カールパティシエ、本日は我々、独逸菓子めぐり本のインタヴューのためにわざわざ時間を割いていただきありがとうございます」
「いえいえ、まだまだ若輩ですから、このような機会でもないと商品を皆様に知っていただくことができませんから」
「またまた御謙遜を、仏蘭西のタイヤガイドによれば世界中にチョコレートマジシャンとして認知されているそうではありませんか」
「それは、チョコレートという茶色系に属する色、形を自由自在に操る実績を持って選ばれただけであって、うちで扱っている商品を評価していただいたわけではありませんから」
「では、これからの夢となれば、販売する商品でもって世界に名を売っていこうといわれるのですか」
「そうなればうれしいですね。菓子職人としては、皆さまに商品を気にいってもらってもう一度ウィーンを訪ねていただけるようになるのが目標です」
「それでは、本日はチョコレートマジシャンとよばれるようになった墺太利宮殿での晩さん会のことについて質問させていただきます」
「それは単にお客様のご要望にお応えしただけのことですよ」
「では、最初にその御要望についてお聞きしましょう。要望を出された人物はどのような方でしたか」
「南欧の王族だったと思います。十代半ばの王子様だったはず」
「ご要望は、最初からチョコレートマジシャンにご要望を出されたのですか」
「お客様は、雷神と対になる雷夢という雷の神様をキャラ弁にしたかったようでした」
「なるほど、体の各部分をそれぞれ調理人に割り振られたのでね」
「ええ、角はトウモロコシで、髪は青色でしたから紫キャベツで、肌の色は人参でという風にそれぞれ料理人に調理を命じられました」
「それでは、どこが難しかったのでしょうか。それぞれが最高の仕事をされれば雷夢像が出来上がるような気がしますか」
「ええ、直接の担当であるチョコレートは、茶色系統ですから、お客様のご要望には入っていませんでした」
「では、誰に割り振られた仕事が難航されたんですか」
「黒色です」
「黒色とは、普通、海苔かヒジキで表しますけど、お客様はご満足されなかったのですか」
「ええ、それを担当された黒系統の料理人には悪いですが、それも当然かと思えるような注文でして」
「どこが難しかったのでしょうか。黒系統は失敗の少ない注文だと伺っていますが」
「それが、オムレツ生地で作った神の衣、その上下とソックスに虎の縞模様を黒色で入れてくれというものでした」
「なんと、そのような形にするのがまず難しいですよ。そしてそれを神の衣の上に模様として形作ってゆくとなれば、ヒジキは使いずらい。となれば、海苔となりますか」
「いえ、それが海苔を使うと虎の縞模様とならないんですよ。その形と大きさを守ってしても模様が浮かび上がったようになってしまい。虎柄とは言い難くなってしまうんですよ」
「なるほど、ここで話をきいているだけで難題だとはっきりわかりますよ」
「そこで、その次にソースで試されましたが、太すぎるとしてこれも駄目で」
「それは、納得できますね。黒で作るはずのそれを曲げて茶色で頼むのですから。それに、これも線が太いままでしょうね」
「てな具合で、とうとうチョコ―レートを担当していた自分の出番になりました。色は、カカオの比率をあげて、ほとんど黒色として使い、出力を絞り要望通りの太さでなおかつ最初は細く中央部は太く最後は細い虎模様を描くことができました」
「それはほとんど芸術作品といっても過言ではなかったのでは」
「ですから、そのお客様は、チョコレートマジシャンといってほめてくれました」
「では、ついにチョコレートマジシャンの誕生ですか」
「私ごとながら、チョコレートを極めチョコレートを自由自在に扱うことでそういっていただいたと思ったのですが、世間はそう受け取りませんでした」
「世間に認識されているチョコレートマジシャンとは、マジシャンという称号がキャラ弁協会の名人位を示しているとみなし、チョコレート色という茶色系統のうち、一つを極めた料理人として認定されていますからね」
「そういった感じで、仏蘭西のタイヤガイドには、基本十二色のうち、各色を極めた料理人にマーマレードマジシャンとかワインレッドマジシャンとして人物名が掲載されるようになったのですね」
「現在、タイヤガイドが認定しているマジシャンは三十六名を越えました。タイヤメーカーは、これらの料理人にそれぞれの色を調理服にして贈っているとか」
「ええ、普段は着ませんが、マジシャンとして晩さん会によばれた時は、チョコレート色の料理服を着て参加するようにしています」
「その称号は、国を代表していることも多いとか」
「仕事柄、欧州連盟の本部によばれることもありますが、ロンドンとウィーンとの往復には、飛行船を使うとことが多いですねえ。各地でマジシャンを拾い、ロンドンに到着するころには、十名前後が飛行船に乗っていまして、その中での会話は、専門の話が半分、世間話が半分といったところでしょうか」
「一国を代表するチョコレートマジシャンに本日のインタヴューを答えていただき、ありがとうございました。この記事は、二ヶ月後の紙上で掲載される予定になっております」
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