仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第232話
1917年(大正六年)二月十四日
パリ カフェ モンブラン
「なあ、忍者枠って、日本枠ってことか」
「世間の認識ってそんなものだが、半分正解ってとこかな」
「て、もう半分はどこへ」
「そもそも忍者って、元々はシベリア鉄道に添乗して、忍者の格好をして料理している人物をさすのであって、誰を示すっていうのはわからないんだ」
「て、ことは中身が俺でもいいのか」
「できなくはないが、最低でも一糸乱れぬ動きができなければならんぞ」
「なんでだ。料理人だろ。料理ができれば俺でも問題ないだろ」
「いや、料理できないおまえだからこそ、すり替わりの術が必要だといっているんだが」
「料理云々はさておき、すり替わりの術がどうして必要なのか説明しろ」
「仏蘭西が誇るタイヤガイドだが、忍者に氏名が入っているか」
「入っていない。どうして、日本人以外は全員実名入りなのに」
「それは、日本人の言葉で武士道精神にのっとって、日本人の某と特定される服装をやめた所から来ているそうだ」
「武士道ねえ、アレクサンドル=デゥマで有名な騎士道っていうやつか」
「おおむねそう思っていいだろ。最初に実名で掲載された高遠藩木曽重森というインディゴマジシャンという称号を得たんだが、あっさりそれを捨てて本人と特定されないように黒ずきんに忍び装束という格好で調理に出るようになった」
「理由があるんだろ」
「理由は日本人だけが寒天を使えるのに、それでもって有名になったところで武士の誇りに傷がつくだけだとのたまったそうだ」
「ほう、名声は二の次か」
「それだけなら、一人が掲載を拒否したものとして話は終わりになりそうなんだが、武士道っていうものは伝播するのかね。一人が始めたら、全ての列車で日本人の料理人が同じ服装をするようになった」
「て、ことはシベリア鉄道の日本人料理人は今、忍者の格好をして料理をしてくれると」
「そうなるな」
「だとしたら、身長以外区別がつかないのでは」
「そうなんだ。日本人というのは胴長のといった特徴以外、身長は中背、体重はやややせ型といったものが大多数で区別しにくいと言ったらありゃしない」
「もしかして、タイヤガイドに載っている忍者枠っていうのも案外でたらめ?」
「調査員も同じ人物が二種類以上のマジシャン資格を得ていたとしたら、同一人物が二色以上のマジシャンとして調理しているかもしれんといってたな」
「だとしたら、青色なんか忍者の数がマジシャンの二人より多いんですよ。信頼性が揺るぎませんか」
「それはいくばくか懸念事項だが、全ての日本が請け負っているシベリア鉄道食堂車は、藩単位で運営されているから、異なる藩で運営されている食堂車にいる忍者であればまず問題ない」
「なるほど、貴重な外貨獲得をするための食堂車だもんな。藩が違えばまず問題はあるまいと調査員も安心するっていうもんか」
「というわけで、前置きはそこまでにして、すり替わりの術が必要なわけを改めて説明しよう。忍者というものは、いろいろな注文を受け付けるんだな。なんせ黒装束だからな。で仮に青色が得意な忍者に赤色の注文がきたら、普通の料理人であれば赤色の担当者まで移動してもらうようにするんだが、忍者はそのまま注文を受ける」
「それだと、注文をさばけないだろ」
「まあまあ、で、そのためのすり替わりだ。術を使うためにドライアイスで煙を用意して、両手を口の前に持ってゆき、入れ替わる人物の番号を出した後、指を折って知らせるわけだ。そして、赤色の注文をこなせる忍者と煙の中でさっと入れ替わるというわけだ」
「なるほど、最低限、注文を受け付けることができれば俺でもできるというわけか」
「そういうわけで、忍者には全ての注文がやってくる。それを楽しみに食堂車にやってくる客をさばけると評判になっているんだ」
「そうすると、狭い食堂車内で素早く動ける必要があるというわけか、忍者をするために」
「後、陣を覚えなくてはならんが、これは簡単なサインと同じだけど、忍びには流儀があってだな、有名なところでは、伊賀流に甲賀流、真田流、風魔流などがあるが、指で折るハンドサインぐらいであれば、お前でも問題あるまい」
「ではとうとう、俺も忍者デビュー?」
「俺は最低限だといっているだけだ。そもそも、どうやって日本人が運営している食堂車に仏蘭西人であるお前が採用される必要がある」
「それは、もてたいからだ」
「それなら、マジシャン資格をとった後なら、採用してくれるかもしれないぞ」
「結局はそこにたどり着くのか、てか、マジシャンより忍者の方が難しいのではないか」
「難しいだろうな。料理に忍術ができないと採用されないだろうしな」
「そんまレアな職業につけるのか」
「まあ、あれだ。三年頑張ればマジシャンになれるかもしれないぞ」
「俺がなりたいのは忍者だ」
「そうだな。だったら五年の修業が必要かな」
「忍者になるのに五年。それって、世界最高レベルの難易度じゃないか」
「そもそも、マジシャンになるために欧州中の料理人が競っているんだぞ」
「「「当然」」」
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