仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第234話
1917年(大正六年)十月二日
江戸城 三の丸
「仏蘭西に続き、露西亜も女性解放路線か」
「仏蘭西は、欧州大戦に勝利した結果による婦人参政権でしたが、露西亜は皇室の継承難からのようですね」
「幕府も何度かそのような時代に陥ったが、日本との違いは何かね」
「露西亜の場合、皇太子一人と皇女四人が次代を担う継承権を保持しています」
「日本ならば、皇太子に継承権を与え、そ奴が子孫を残せねばそいつの伯父、叔父それでもいなければ血縁を頼りにいとこという順だがな」
「露西亜は、伝統的に四人の女帝が誕生しています。ちなみに現皇帝は十四代目になります」
「日本が特殊なのか、それとも露西亜が特殊なのか」
「欧州の場合、王族が生まれれば欧州各国の継承順位が自動的に付与されます。これは、欧州各国の王族同士が血縁関係にあるためですから、あえて言えば、欧州制度は血縁による欧州全体が一つの王室という名の開放的なもの」
「日本は、鎖国体制が長かった故の閉鎖的なものと対比できるのではないでしょうか」
「露西亜は、仏蘭西に同調したことをよそおい、女性にも公爵位が継承できるようになりました」
「つまり、皇女と結婚した伴侶には皇女がいなければ公爵家でもなければ、公爵家としての収入がありません」
「露西亜の赤い城としては、後継順位二位以下五位までを確保するために、皇女を将来にわたってモスクワに滞在させるために使ったようです。もちろん、学問の自由をうたっているのですから、彼女たちがモスクワを離れることを選択すればやむなしとしています」
「要するに、皇女四人を手元に確保するのが今回の目的か」
「皇女にも資産と公爵位が自分の手元にあるのであればおいしい話です。伴侶も皇女を大事にしなければなりませんから」
「おまけのように感じるかもしれませんが、露西亜の平民も財産権が男女平等になります」
「ただ、露西亜で女性参政権も与えられましたが、本質的に露西亜は専制君主国家です。皇帝は、しばしば議会を無視しています。議会は半分、お飾り状態ですよ」
「では、幕府はどう対処すべきかな。本日の議題に入ろうではないか」
「無回答というのは、どうなるかね」
「アジアの特殊性ということで、仏蘭西も露西亜もそう問題視されないでしょう」
「ただ、欧州の連中は、撫子信仰というものがあります」
「なんだね、その撫子信仰というのは?」
「パン文化に浸っている欧州では、ここ最近米飯の炊飯作業に注目が集まっております」
「要は、釜で毎日、米を炊くというものであろう。なぜそれが信仰につながるのだ」
「では、パンの場合はどうでしょう。町のパン屋というものは、町の住民に食パンや仏蘭西パンを売ります。ここ最近、キャラ弁の浸透は一般庶民に広まりましたが、お弁当が必要な日以外でも最低一時間、時間のかかる米を炊く作業をする日本の女性は女性の鏡だと特に食事のまずい独逸や英吉利を中心に騒ぎ出しています」
「そうか、それは盲点であった。毎日、米を炊かねば飯が食えない我々ではそのような考えにたどり着きもしないわ」
「はい、当然だと思っていたことが欧州の民主からは信仰に値するものだと改めて教えられました。というわけで、そのようなキャラ弁を当然作れるような環境にある日本女性は女性の鏡であり、家事一般をてきぱきとこなす女性解放運動の先頭に立つべしという進歩的な考えもあります」
「何かかなり追い込まれた気がするが、そうか、無回答はまずいか」
「それで、その無回答をしたいのは、この幕府が定めた根源があるんだが」
「ですよね。男子による長子相続。これが動かせない圧力となってますね」
「いきなり、女性にも相続権というものを与えてしまったら、次男以下の男子相続者に同顔を向ければいいんだ」
「はい、今までは、長子が全てを相続。次男はその予備。三男以下は婿にやるか、平民にしなければならない扱いをしていた中で、女というだけで嫁にやることばかりであったものが、女の相続をさせよというのは」
「はい、子供全員に相続をさせよというものです」
「そうなったら、どうなるかね。この農耕民族では」
「子供全員が四人。一町の田を持つ庄屋があったとします」
「次代で、それぞれが二反半づつを相続してゆき、その次の世代になりますと、その庄屋という形そのものがなくなるでしょう」
「要するに我が国の根本をなす年貢を納める農村制度が破たんするわな」
「はい。庄屋というのは街でいう世話役です。年貢の徴収責任者にして裁判官であり、上からのお知らせを村に触れまわる広報官でありまして、農村そのモノを守っているといってもよいかと」
「これに手を出すのは幕府そのモノがかわれといっているのに等しいな」
「ですが、無回答ですと、我が国最大の債権者である大奥のご機嫌も麗しくないかと」
「大奥が納得するような回答を出さねばならぬか。皆知恵を出せ」
「仏蘭西軍に習って、空軍に女性士官を認めるというのはどうでしょう」
「悪くないな。ついでに忍者がシベリア鉄道で活躍しているそうだから、くの一も出すか」
「後一声あれば、内外の圧力をかわせると思うのだが」
「やはり、大奥の年齢構成を考えまして、孝というものに触れてはいかがでしょうか。長子相続はかえませんが、両親がうち、片方が死んで相続をする権利が生じた場合、長子が半分を相続。残っている親にもう半分という制度に変更してはいかがでしょうか。この場合、その後、順当ならば、長子に財産がまわってきます。また、地位とか世襲制の仕事は今まで通り長子相続という形式でいかがでしょうか」
「それでいこう。大奥もこれで納得してもらえるだろう」
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