仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第235話
1918年(大正七年)三月十三日
パリ カフェ モンブラン
「忍者、探偵としても優秀?」
「なんだ、そのタイトルは。三流ブロマイド紙か」
「いんや、ルモンド紙が取り上げている」
「へっ、話題性ありなのか」
「パリ市警がここ最近できた九竜飯店で食事をした後、頭痛を訴える客が多数出たために、捜査にあたったが、店舗や食材からは原因となる物質を発見できなかったため匙を投げた」
「あの高級食材で売っている九竜飯店ね。確かに舌をぴりぴりとさせる食感は、俺が知る広東料理とは、一味も二味も違うのは確かだ」
「食は広東にありと一押しされる料理なだけはあるよ」
「中国は広いからね。その中で、米料理が豊富なのも特徴だよ」
「それに、フカヒレや乾物を組み合わせたスープの組み合わせだから、狙ってるのは魔術師を輩出することかね」
「で、単に華僑が家族経営で出店するなら、そう警察もぴりぴりしないんだが、どうやら香港資本家と英国資本家が共同出資しているようで、英国による食の反攻が始まったのではないかと、不審がる向きがあってね」
「しかし、犯罪捜査を得意とする警察では、客の頭痛を解決するすべを持たなかったのか」
「そこで、同じアジアの食材の中に頭痛の種があるのではないかと、パリ市警からなんでも屋の忍者に依頼が回ったというわけさ」
「忍者なら出来そうな気もするが、一人で解決するのではなくチームでならやってしまいそうだな。一人くらい、そういう方面に強いやつがいてもおかしくはない」
「で、やってきた忍者は一人。飯店なのだから、捜査関係者全員で食べてみることになった」
「最初にフカヒレを出てきたが、これには全員文句のつけようがなかった。フカヒレのひれの部分をみても傷がなく、かつ下処理がきちんとしていた。これは多分、三陸沖で取れた後、ブラシをかけてサメ肌を取り除き、脂分を抜いた一級品だとみんなが太鼓判を押した」
「まあ、頭痛を訴えた仏蘭西人は、店を出た後でのことだから、料理には手を出していたはずだ」
「そして、次に出てきたのが広東料理たる上で欠かせないかに玉以後、忍者は一口食材を口にした後、それをはきだし、後はその繰り返しだった。他の者はさすがわ高級中華といって和食に匹敵するものだといって胃袋に消えていった」
「ふむ、そこが料理人たる忍者と捜査関係者との違いか。で、結局どっちが正しい反応だったわけ?」
「コースを食べ終えた後、捜査関係者は舌がピリピリしたがうまいものを食べて皆満足だった。忍者は、そんな捜査関係者を気遣ってか、警察署に帰るまで無言だった」
「ならめでたしめでたし。事件は未解決のままとなるの?」
「でだな。そこで忍者が警察署の食堂を借りて、うどんなるモノを作ってくれたんだが、全員、味がないといって忍者に文句を言った」
「え、忍者が料理に失敗したのか」
「忍者は、それならばと食道を訪れた客五人にうどんを食べさせたのだが、全員うまいといって御代わりをした」
「て、いうことは味がないといった方がおかしいのか?」
「その後、毒消しになるかわからないが忍者はふろふき大根なるモノを作ってくれた。熱いという感覚はあるが、大根を食べ終わるまでやっぱり味がないと話し合った」
「で、九竜飯店の料理は、料理人殺しだと忍者はいった」
「それって、食べた人がいずれ死ぬという意味か」
「いや、料理人にとって一番大事な舌が死ぬということだ」
「ははーん。飯店でコースをがっつり食べてきた連中は舌が死んでいたんだな」
「忍者が言うには、フカヒレ料理以外まともな料理がなかったそうだ」
「では、料理をがっつり食べた高級広東料理ってな物は、どこかに問題があるのか」
「忍者が言うには、料理がとんがっていて、通常ではありえない状況だといっていた」
「そういえば、食事に来た客は病みつきになった後、数回目で頭痛するのがお決まりのコースだそうだ」
「で、忍者の活躍はここまで、飯店に帳簿を出させた後、個人営業の中華料理屋にいって食材に不審なところはないかと帳簿をみせながら質問してみたところ、うまみ調味料が多すぎるとの指摘を受けた」
「なんだ、二十世紀の味であるグルタミン酸ナトリウムが犯人だったのか」
「ああ、その後、動物実験をしてうまみ調味料をてんこ盛りして犬に食わせてみたところ、犬が倒れた」
「なんだ、高級広東料理という割にしょぼいな」
「まともな料理人ならば、うまみ調味料を過剰に使わないのがお約束だそうだ」
「ていうことは、うまみ調味料を使いすぎっていうのは、駄目なのか」
「うまみ調味料を大量に使っている料理というのは、舌を針治療しながらつぼを集中的に刺激している料理に例えられるそうだ」
「なんだ、そのいたいたそうな料理は」
「で、通常、昆布から取り出したうまみを使う料理は、舌の治療に顔に塗り薬をしながらだされる料理だとか」
「うまみ調味料と違って、昆布だしっていうのはグルタミン酸ナトリウムの前駆物質やそのグルタミン酸から生物内で合成された物質等が混ざり合っている複雑な味といえばいいそうだ。うまみ調味料がとんがった味ならば、昆布だしというのは様々な物質がまざった穏やかな味というか、舌の刺激には塗り薬で治療しましょうというぐらい違いがあるそうだ」
「なるほど、忍者が料理人殺しだといったのは、舌をとんがった針で刺激される一点集中的な味の洪水を浴びたわけだな」
「で、その九竜飯店に対する処分は?」
「残念ながら、それをとがめる法律がなかった。と、いうわけで、動物実験でグルタミン酸ナトリウムの摂取限界を決定しなければ、取り締まる法律がないというわけさ」
「なるほど、計画的な犯罪ではないといって無罪放免か」
「ただ、一ヶ月後に九竜飯店は食の都、パリから出ていったさ」
「そりゃ、客も飯店以外での食事が味覚なしとなれば飯店への足も遠のくさ」
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