仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第237話
1918年(大正七年)八月十二日
京 四条室町通り下る 京羊羹親睦組合
「皆さん、お早いおつきどすな」
「外にいてもあつうてな。中に入って熱い茶を飲むか、お茶うけに酸っぱいもんをつまんどる方が何ぼよろしいことか」
「さて、今年も御盆商戦がようやく終わりましたな」
「去年のようなことがなくて、何よりでしたな」
「左様、去年の今頃は原材料となる寒天がそらもう高くて高くてどうしようもあらへんかったわ」
「おかみもいいことをしてくれはったわ。海外向けを原則、医療向けに絞ってくれはったおかげや」
「なんや、世界ではキャラ弁向けに需要がうなぎ上りであったとか。羊羹を製造するもんにとってえらい迷惑やったわ」
「おかげで、わてのところはういろう屋に戻ろうかとほんま、なやんどたんや」
「うちのところは、羊羹っていう言葉が示すように元は、動物系のゼラチンで固めてはったもんやから、ゼラチンで試してみたほどや」
「どないでしたか、ゼラチン羊羹は」
「あきまへんなあ。羊羹の練り合わせというのは、砂糖に小豆、植物ばかりや。においからしてあきまへん」
「そうどすな。それに色を加えるとしたら、さつまいもを混ぜるか、抹茶、栗、ハッカといったところでえ」
「全て、植物由来なものばかり。それもこれも羊羹というのはお茶うけにぴったりなもんや」
「そらそうでっせ。羊羹の格が一番上がるのは、茶室で出されたときや。動物系の味、風味、においが混じっては、茶会を催すもんから駄目だしを食らうやろ」
「そんなこんなで、薩摩藩が砂糖を独占していた時以上に、去年は皆はん、苦労しはっとたな」
「ほんの三十年前までは、羊羹でなにが高いかというと砂糖でしたな」
「砂糖は高くともなんとかなりましたかな」
「さつまいもの甘味でお茶うけには問題ありませんでしたな」
「緑茶を混ぜれば、甘味がほとんどなくともいけまんねん」
「和菓子っぽくというのなら、干し柿を練り込めばそれで問題ありまへん」
「そんなわてらの頭痛のタネであった砂糖でっが、台湾を開拓し、その後、フィリピンに進出した後は、日本中の藩で砂糖が取れるようになりはりましたな」
「フィリピンの島の数だけ、藩に分配され、砂糖作りに力を入れはったおかげどすな」
「薩摩藩だけ、割を食いはりましたが、あそこはその前に東海道鉄道会社に投資しはって、えらい金がなるようになりはりましたけどな」
「ほなら、去年までの難題が解決したところで本題にはいりまひょうか」
「ほなこというても、ぼちぼちそれらしい話で出てはりましたが」
「そうどすな。抹茶なんかその最たるもんでっせ」
「これで、緑色の純粋な味のない寒天のうち、緑色は大丈夫でっしゃろ」
「国外向けに寒天の輸出が食品でできへんとなりましたら、うちらのとこに羊羹でかまへんから、食品としてだしてくれというのでっしゃろ」
「最初は無色でかまへんいうとったのが、その後、十二色にしてだしてくれときはりましたな」
「できる物は出来はりますけど、新色というのは今となっては、寒天培地に包んで奉行所に提出しなあかんようになりはありましたな」
「なんでも、食中毒防止のために、食べれないものを練り込んでいないことを証明するために必要なこととか」
「そら、口に入れはるもんですから、銅や錫を入れるっちゅうわけにいかへんのはようはかりまますわ」
「そんなわけで、植物由来の色で十二色をそろえて欧州に輸出できるようにならなあかんわけで、そのために今日の会合、っちゅうわけや」
「ほな、二番手というわけではあらへんけど、茶色は、番茶でよろしいありまっか」
「でしたら、小豆の色で赤は問題なしやな」
「さつまいもを練り込めば、黄色も問題ないやろ」
「白は二通りですかな。白いインゲン豆か」
「砂糖の白でしょうな」
「黒は、黒豆でいけまひょう」
「だんだん難しうなりましたけど、紫は紫芋でしょ」
「桃は、桃の果汁を練り込めばあんじょういけまっせ」
「橙色となりますと、かんきつ類でしょうな。特に度のみかんを指定することもないでしょう」
「黄緑色でっか。だとすれば、白系統のいんげんと緑系統の緑茶を混ぜれば、よろしゅうおまっせ」
「残るは、皆さんが苦戦しとる青に水色でっか。やはり、自然界に見つけにくい色が残りましたな」
「青ができたら、水色はどうにでもなりますやろ」
「そやな、インゲン豆で白色を混ぜれば青色を水色にできそうやし」
「薄い青色がそのまま水色にもなりますやろ」
「だとすれば、妥当な方法は青色をブルーベリーからとるというのになりますかな」
「わては、青色の朝顔からできへんか試したけど、その前提となる量が取れへんからやめはりました」
「紫キャベツと酢酸ナトリウムで青色になりますけど、あんまし熱につようなくて、お勧めはしまへんわ」
「これで、奉行所に提出することができるように、十二色そろいました。まとめ役としては一安心どすな」
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