仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第239話

 1919年(大正八年)八月八日

 ロンドン 外務省英独合同推進室

 「世界の覇者、英吉利と科学先進国独逸をもってしても対処が難しい問題を話し合うために両国合同で話し合うための作業会です」

 「議題は、露西亜と仏蘭西を結び付けている日本への対応だ。それでは、これまで日本が欧州に与えた影響について知られていない事実を最初に発表する。次官、発表したまえ」

 「はっ。大戦後に限定いたしますが、大戦末期、欧州では平和のへの願いという民衆の中に入りこんできた文学作品がありました」

 「はい。独逸を中心にはやらせたのが、アライグマシマルン」

 「その後、事実上大戦後になったが、小公女と私のあしながおじさんがはやったな」

 「アライグマシマルンの流行は、今も痛いよ。食料増産をかけたいとこに、アライグマが逃げだして畑が荒れる地域が激増して、それに駆り出される男どもがぼやいていたな」

 「仏露伊を中心に私のあしながおじさんが流行したが、それ以外に布石を打って、広めた国がある」

 「それは世界平和のためか」

 「理念は世界平和のために使われるノーベル賞の受賞につながった14年の文学賞受賞者がジーン=ウェブスターだ」

 「つまり、ノルウェー中に私のあしながおじさんが出回ったというんだな」

 「その年は、戦後復興に役立つという理念でね。亜米利加人がノーベル文学賞を初受賞。そして、平和賞には、戦争孤児と戦争未亡人に対する福祉活動ということで欧州連盟が受賞しました」

 「どうにも、日本は欧州ひいては世界のすすむ方針を決めたがる風があるな」

 「日本は、戦争経験が1615年にもさかのぼるそうだ」

 「おいおい、三百年の天下太平か。で、アジアで戦争につながりそうな風向きはあるのか」

 「アジア大陸の植民地は、英吉利と仏蘭西で二分されました。インドネシアを含めれば、英吉利と仏蘭西並びに阿蘭陀で分割統治されています」

 「東アジアの中国はどうかね。戦争をこの間までしていただろう」

 「清露戦争のことですね。一応、清が露西亜に勝利しましたから、まあ、それなりの国なのでしょうが、世界の目が清に向かわなくなるとすぐさま、内戦に突入するような国です。世界に対する影響力は皆無です」

 「では、戦争の火種はいまだ見つからずというところか」

 「亜米利加は、内攻性を強めています。ただし、この場合、内攻性の対象は南北アメリカ大陸に対するものです。つい最近、これは独逸の功績ですが、空中の窒素固定を成し遂げています。そのおかげで没落した国家があります」

 「世界の窒素源を独占していたチリだな」

 「はい。これによりチリ硝石を掘っていた支配者層の多数が没落しました。そして、すかさず亜米利加資本は、チリの両輪であった銅鉱山に対する資本を投入しました」

 「チリ硝石を掘っていた資本家層と銅鉱山所有者は重なることが多いからな」

 「チリにまで資本を投入することからわかるように、亜米利加は亜米利加大陸の支配権を拡充する方向に進展しています」

 「なるほど、平和裏にパナマ運河と西インド諸島を手にしたことが地域支配に目覚めたようだな」

 「窒素固定がもう三年早ければ、独逸は先の大戦で勝利していたことでしょう。実に忌々しい逸期でした」

 「で、この話の中で出てきましたパナマ運河ですが、実質掘ったのは日本です。これは世界が認めています」

 「パナマ運河を掘って、亜米利加が内攻的になったか」

 「それもあるでしょうが、日本はスエズ運河を掘って仏蘭西と好を結び、パナマ運河を掘って亜米利加と好を結び」

 「大戦後、三年の後、今から四年前の15年にボスポラス海峡を掘って、アジアと欧州を連結し、露西亜と伊太利、仏蘭西をつなげた」

 「伊太利を仏露側に引き寄せた功績を日本が作りました」

 「なんてこった。世紀の土木工事をするたびに日本と好を結ぶ国家が増える」

 「その飾らない国柄は敵対国家をも退けているようで」

 「諸君、そのようなつかみどころもない日本に対する対策として独逸と英吉利が協力してかの国に打撃を与えたい。そのためにこの場に集まってもらった」

 「では、かの国が独占している寒天にかつてのチリ硝石のように代換え品の開発に力を注ぐことを提案する」

 「「「異議なし」」」

 「それでは、これまでの開発の経過を教えていただこう」

 「はい。我々は寒天に対抗するために欧州でなじみの深いゼラチンに注目してこれに寒天の代換え品への品質改善ができるのではないかと研究してきました」

 「一国でできなかったから、両国が協力する。失敗の原因を教えていただこう。次の成功のための理由の一つにしておく必要があるだろう」

 「ゼラチンの主成分は、タンパク質です。対して、寒天は、炭水化物です。細菌をはじめとする生物は寒天を分解して利用することはほぼありません。これに対し、ゼラチンは、全体の八割以上がタンパク質で、血液上にある菌や細菌は、寒天培地で生長できないものでも、ゼラチン培地で生長するものが多数あります」

 「ふむ、話をきいている限りでは、培養できる種類が多いゼラチンの方が培地として優秀なのでは」

 「いいえ、そうではありません。寒天培地の利点は培養できる菌類が少ないことがその利点の一つです」

 「その点を詳しく」

 「寒天培地というのは、最小単位です。この培地で生長できるは、別途分離する必要がありますが、寒天培地ではその分離も容易です。では、なぜ生長できる菌類が少ない方がいいかといえば、足し算は極めて容易だからです。極論を言えば、寒天培地に肉エキスを加えた物がゼラチン培地といってもそう外れていません。そして、肉エキスの代わりに必須アミノ酸を数種加えることで培養できるようになるのであれば、培養条件が極めて明確に判明します。しかしながら、ゼラチン培地から引き算は出来ないのです」

 「なるほど、ゼラチンは不純物が多いといってもいいわけか」

 「ですから、この反省を踏まえ、純粋な寒天代換え物資の共同開発をする運びとなりました」

 「「「異議なし」」」

 

 

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