仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第240話
1919年(大正八年)十一月二十二日
寛永寺
「若様の七回忌もつつがなく進んだのう」
「初代会長の慶喜公がなくなったのが、六年前。遺言は、『一橋家は渋沢栄一の言葉に従え。会長として君臨すれど、統治するな。渋沢が選任する社長に異議を唱えるな。渋沢は社長引退後も相談役として最後まで東海道鉄道株式会社を任せよ』でしたな」
「おかげで、この渋沢、八十歳手前にして、なお相談役として会社に縛られておりますがな」
「西日本支社を任された万丈も最後の仕事を終えたら、お役御免といきたいところですが」
「何を言われるかな。私が相談役を降りるときまで、つきあっていただきますぞ」
「やれやれ、来年から関門海峡トンネルを掘る手はずを整えたら、休みをいただけるのではありませんでしたか」
「休みをあげましょう。ただし、関門トンネルが単線ではいけません。当然、複線を掘るまで使命を全うしていただきますよ」
「来年から海底トンネルを二本掘るとなると、終了するのは十年後になりそうな気もしますが」
「何を言われる。本州側から山陽道鉄道株式会社がそれぞれ半分掘ってくれる約束ではないですか。いやいや、毛利に事業費の半分を出させる手腕をお持ちの方は他にはいませんでしょう。当然、トンネルが完全開通するまで毛利方との折衝を一任しなければならないでしょう」
「最近は、当社の創成期を知る者が少なくなりましたからな」
「1860年創業となりますと、当時を知る機関士も代がかわっておりますから、取締にいる我ら二人となりますか」
「創成期と今と変わらないことがある。金がある限り、借金ができる限り、線路を伸ばせというものだ」
「若様もそうでしたが、今の経営陣にも我々がすることは、予算が足りないのでその線路建設は出来ないとつきつけることですな」
「若様と現経営陣との違いは、金をつくった者がだれかということを理解しているかどうかだ」
「若様は文字通り、出資金の七割、いや、仏蘭西からの出資金一割をひきだしたわけであり、出資金八割をかき集めたわけだ。社長として金が足りませんといえば、ひいてくれたが」
「今の経営陣にそれを理解させるのは難しい。金は線路を伸ばしてその収益を当てればよいと考える者が増えてきたせいだな」
「だからだろう。若様が私を手放さないのは。私がいれば鉄道経営が傾くことがないと踏んでのことだろう」
「鉄道は日銭をつくってくれるのは確かだ。だが、資金がなければ、薩摩藩の悲願である九州が陸続きになることもない」
「そして、海底トンネルですから、電化をしなければなりません」
「電化といえば、将来的には、東海道線を皮切りに電化を推し進めていかねばなりません」
「私の最後の仕事は、その電化をおしすすめるための資金を用意することでしょう」
「そうしますと、なお一層、現経営陣から嫌われることになりましょう」
「何をおっしゃいます。東海道の難所、御殿場線のめども立っておらんというのに」
「確かに、あそこは鉄道泣かせの難所ですな。順序は違えど、丹那トンネルを掘らねば抜本的な解決にはつながりません」
「やれやれ、鉄道はどこかしこで網にほころびがえきるモノ。それを最小限にするためにもトンネルを掘り、連絡船にょる遅延と事故防止を推し進めなければならぬ」
「御殿場線は、複線ではぼちぼち交通量に限界が見えてきましたな」
「ええ、起伏の激しい土地でありかつトンネルの連続する区間です。そのう回路というべき路線の確保には最大限の力を注ぐ必要があります」
「さらに将来的には、丹那トンネルが完成のあかつきには、東海道線の複々線化をおしすすめねば、日本の交通量がパンクいたしますな」
「やれやれ、日本もそこまで発展したと喜ぶべきでしょうか」
「若様も苦労して鉄道をつくられた甲斐があったとおっしゃっていただけるでしょう」
「将軍になれなかった宗家というのが南紀派の若様につけた忌み名」
「市囲の将軍」
「海外からは、浮世絵の伝道師というのが最も多いですかな」
「もちろん、日本一の金持ちと揶揄もされますが、それをなしたのですから」
「我々の仕事に誇りを与えてくれる鉄道大君といわれるのが我々の望むところですかな」
「何はともあれ、仕事は山積みですが」
「我々がいなくなった後のことも考えねばなりませんか」
「ええ、世紀をまたいで新しい風が運輸業にも起こりつつあります」
「円タクというものですな」
「一円あれば、江戸市中にどこまでもお運びいたしますよっやつですな」
「鉄道にはとてもできない言葉ですな」
「今のところ、駅から自宅までを運ぶので鉄道と自動車とのすみ分けができていますが」
「そのうち、亜米利加のように年間生産百万台を越えるような自動車生産が我が国にも押し寄せてくるでしょう」
「そろそろ、幹線に我々の会社は集中すべきかもしれません。末端は接続をおしすすめてすみ分けを計るべきでしょう」
「そうなりますと、三代目会長候補の教育が大事となりますでしょう」
「まずは、海外留学から帰って来ていただいた後になりますな」
「そうまでして、私をこき使いたいですか」
「いえいえ、あなた以外にできる方はいませんよ。それが若様の遺言ですから」
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