仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第242話

 1920年(大正九年)十月一日

 パリ 凱旋門広場

 「さあさあ、浮世絵芝居が始まるよ。興味がある方はちょっと寄っていって」

 「パパあれ何かな」

 「出し物の一つだろうな」

 「僕もいっていい?」

 「いってみるか」

 「さあさあ、昨今、ヨーロッパの食通をうならせている忍者の生まれはどこにあるのか。それが知りたいのなら最後までお付き合いちょうだい」

 「へー、マジシャンより希少価値の高い忍者ねえ。一体どこにいるんだろうな」

 「さあ、始まり始まり」

 

 「場所は日本の中心に位置する美濃の国、関にある代々勘定役を務めてきた橘家の朝、通用門で親子の別れの場面からだ」

 「泰三、汝に刺身包丁と鮪包丁を授ける。これから、忍者の修行に打ち込むのであれば、親方の言葉がすべてだ」

 「泰三や、これからは親方を父親だと思って修行に打ち込むのよ」

 「泰三、ありがたく五振りの包丁を受け取ります」

 「うむ、体に気をつけて頑張るがよい」

 「あなたが選択した職業ですから、私たち二人はそれを尊重いたします」

 「父上、母上、ではいってまいります」

 「元気でな」

 「はい」

 「カツン、カツン、カツン」

 

 「三男もいってしまったな」

 「はい、長男が私の後を継いで勘定方になってくれるだけでなく」

 「次男は、フィリピンで仕事を見つけてきましたし」

 「三男である泰三は、料理の道か」

 「でも、全員、元服の時に作った大小が無駄になりませんでしたね」

 「だが結局、忍者としての使命を果たすためには、大小の二本だけでは足りなかったか」

 「本差は、鮪包丁に研ぎ直していただきましたし」

 「脇差は、刺身包丁に打ち直しだ」

 「だけどそれだけでは、修行には不足ということで、魚をさばく出刃包丁に」

 「野菜を切るならば、薄刃包丁でなくてはたくさんたたくことができませんし」

 「四本では、切りが悪いということで結局、万能包丁ともいえる三徳包丁までそろえたから、刀鍛冶は、二本の打ち直しと三本の新調を請け負ってもらった」

 「全て、鍛造だからな。一本打つにも二人がかりで半日仕事さ」

 「そういうわけで、泰三のために三日も刀鍛冶には頑張ってもらったわ」

 「さて、家柄がモノを言う武家社会から実力がモノを言う料理職人の世界に飛び込んで、泰三はやっていけますでしょうか」

 「さあ、こればかりは本人の才能と努力次第が」

 「私たちができるのもここまでですから」

 「今は、泰三の新たな門出を祝うだけだな」

 「はい。料理の修業は、文字通り起床時間から就眠時間まで一時の暇がない体力仕事。それに耐えれる体を泰三にある事を願うばかりです」

 

 「すげえ、忍者の包丁って、本当に刀だったんだ」

 「忍者は、支配者階級の出身なのか」

 「忍者の包丁、僕も欲しい」

 

 「では、忍者の修行の一環をお見せしよう。ここにとりだしましたる一本の丸い蕪。そして右手には、先程話の中に出てきた薄刃包丁。まずは丸いはずの蕪をさあ、ちょいちょいとくるくるとまわしてゆけば、包丁にあててゆくだけでだんだんと円柱になってゆきます。準備ができましたら、この筒状の円柱をくるくるとまわしてゆきます。包丁はそっと沿えるだけ、蕪だけをなで続けますと、円柱の長さと同じ長さの薄い紙が出てきます。この状態にもってゆくには、準備が大事なのです。円柱がでこぼこでは駄目です。包丁がまんべんなく滑るためにも完全なる円を最初に作っていることが条件です。そして、継続できる技量と練習量だけがその腕を支えているのです」

 「ほう、蕪の大きさがどんどん小さくなるだけで、ちぎれることもないし、厚みも変わりがない。どれほど練習したのか見当もつかない」

 「そして、この桂むきの最後に残るのは、鉛筆大の大きさまで小さくなった蕪の芯と自分の身長の二倍に達する一枚の白い帯。包丁の技量だけの世界で生きてゆく者にとって、桂むきをみればその人の技量がわかるといいます」

 「ねえねえ。鮪包丁も持っているんでしょ」

 「あるけど、あれは大きな肉の塊がないと役に立たないからねえ。場所を選ぶ包丁だからね」

 「君、その包丁を売ってくれないか」

 「残念ながら、これはわが魂でありましてお売りできません。けれど、和包丁を売っている百貨店と専門店を掲載した一覧表をお渡しいたしましょう。和包丁は、全て鍛錬製でして、専門家の手で説明を受けながらお売りしなければならないものですから」

 「私にもその一覧表をいただけるかしら」

 「私にも」

 「はい、たくさん用意していますからどうかご安心ください」

 

 「なあ、あの浮世絵芝居屋。物を売るわけでなく、チラシを配るだけでどうやって元をとっているんだ」

 「世の中には、どこでも競合相手がいてな。世界の刃物の3Sといえば、英吉利のシェフィールドに独逸のゾーリンゲン。そして日本の中心にある関」

 「ほう。独逸に英吉利かあ。そりゃ、仏蘭西も露西亜も面白くない」

 「で、関を発展させることが独逸と英吉利に打撃を与えることができるのならば、仏蘭西も露西亜も関の後押しをしているわけで」

 「なるほど、あの浮世絵芝居屋の背後には、日仏露が控えているわけか」

 「そういうこと。単純に日本刀鍛冶協会と和食連盟が雇っているのさ」

 「なるほど、忍者ブランドを引っ提げて、販促か」

 

 

 

 

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