仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第243話

 1920年(大正九年)十二月二十六日

 パリ郊外 シャブール小学校職員室

 「新入生も入学して三カ月、なんとか、今年も冬休みを迎えることができました」

 「しかし、近頃は落ち着きのない児童が多すぎます」

 「集中力に欠けると申しますか、相変わらず新入生の担任は大変ですねえ」

 「それも男子よりも女子の方が騒ぎ出すんですよ。どこをどう間違ったらああなるんでしょう、親の顔を見たいものです」

 「おとなしい児童より元気があってよろしいというのは、体育の時間くらいのものですよ。それ以外の時間は授業妨害にどう対処していいものか」

 「最初の三カ月が大事だとはよく言ったものです。どうにかして落ち着かせないと上級生になっても改善しないのは自明の理ですね」

 「年々、児童がずるがしこくなってゆくのですねえ」

 「昔は良かった。親世代は小学校卒がいなくて、そりゃ先生に敬意を払ってくれましたが」

 「今では、親世代はすべて義務教育を修了した者ばかり。昔は良かったですねえ。教師というだけで、先生のいうことに従えと言われましたし、会合という会合では話はこじれることもなく、すらすらと進みますし」

 「それが今や、私たちの武器はこの鞭一つ。複数人の尻を叩いている時なぞ、教師は体力だとつくづく感じますよ」

 「なんとか落ち着きを与えることは出来ないものでしょうか。このままでは、児童によって我々教師の方が先に根をあげてしまいそうです」

 「しかし、我々が長年培ってきた技能は一通りやってみたのですよ」

 「では、何か革新的な方法を思い浮かべなければ」

 「これは教師の課せられた試練です。みんなで考えることにしましょう」

 「長引きそうですか」

 「良い案が浮かばなければ、年越しということもあり得るかと」

 「それは当然ですが、ではその準備をしないといけませんね」

 「シュルシュル、シュルシュル」

 「レオーネ先生、それですよ」

 「え、長い話になると思ってリンゴをむいているだけですが」

 「リンゴでもかまわないのですが、児童に桂むきをさせましょう」

 「そうなれば目的は、静かな時間に集中力、持続力といったところですか」

 「確かに、我々にとって児童に習得して欲しい技能がてんこ盛りです。ぜひともやりたいところですが」

 「反対意見もあると思います。まずは、刃物を児童の数だけ揃えるとなりますと、凶器を児童に渡すわけですから、傷害事件を心配しなければなりません」

 「それについては対策があります。世間では、忍者刀の流行以降、放課後、児童が空き地や部屋の中で桂むき競争をしているという話ですが、なれない刃物を持ちあわせている結果、切り傷が絶えないという話です。ですから、刃物を使う方法を教師が教えるとすれば各方面の理解が得られると踏んでいます」

 「なるほど、でしたら用意する包丁は、薄刃包丁となります」

 「えーと、児童の数だけ桂むきの材料を用意するとなりますと、いかほどの金がかかるのでしょうか」

 「何を言っているのです。その心配はいりません。最初にやることは学校校舎の周りに広がっている学校庭園での蕪、大根、人参の栽培です。それでも厳しい時は、各家庭に児童のために各一本野菜を割り振ればよろしい。それに使う野菜は大量生産に向く飼料用でよろしい」

 「なるほど、植物を育てることで根菜が大きくなるまでの忍耐と普段食べている野菜の生産方法がわかるのですから野菜を残さず食べてくれるようになるでしょう」

 「飼料用といいますが、大量に出る廃棄物はどうされますか」

 「学校に動物を飼いましょう。太らせて肉にするか、卵を産ませるか、それに関しては後で決めれば問題ないでしょう」

 「蕪、大根、人参と三種類もあげてくれましたが、意図はどこに」

 「むきやすさで選択しました。初心者は、一番簡単な大根、中級編で蕪、上級編は人参です」

 「なるほど、周りの児童が蕪へと昇級していうのをみている児童は、僕も中級に進級するんだと頑張ってくれるでしょう」

 「人参の桂むきは、さすがに上級というだけの難しさがありますねえ。最初から円柱が小さく、蕪に比べて小さくかなりの技能を必要としています」

 「では、職員会議で発表できるように詳細を詰めていきましょう」

 「さあ、集中力を発揮できる我慢強い児童に育てましょう」

 「ええ、桂むきをしている時間だけでも教室がざわつかないでくれれば私は満足です」

 

 

 

 朝の十分 忍者修行の時間

 「「「シュルシュル、シュルシュル」」」

 「あ、切れた。せっかく半分まで進んだのに」

 「イタッ、指を切った」

 「指を切ったら、今日はそこまで。保健室に行ってきなさい」

 「もっと切りたいけど、しょうがないね。いってきます」

 「先生、大根の連続成功回数、六回になりました」

 「十回になったら、次は蕪に挑戦しましょうねえ」

 「はーい」

 「クッ、包丁がまっすぐ進まない」

 「駄目だよ。大根をまん丸にしないと。でこぼこがあったら薄刃がへそを曲げちゃうよ」

 「わかった。最初からやり直しだな」

 

 

 職員室

 「静かな教室。それだけで満足です」

 「それと、薄刃包丁の回収は忘れないでください。一時限目以降に支障が出ますから」

 「「「はい」」」

 

 

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