仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第244話

 1921年(大正十年)六月九日

 パリ郊外 シャブール小学校校区コリーン宅

 「母さん、明日の授業参観、僕がいってもいいかね」

 「困りましたね。もう、明日は小学校に授業参観に行くと勤務先に連絡しているのですけど」

 「母さん、昨年は全部、授業参観に参加しているよね。だったら、父親に一度くらい譲ってもかまわないといって欲しいな」

 「それはおかしいわ。今回も私が参加する方向でもって学内外が進んでいるはずよ」

 「どうしたの。授業参観になんかに急に熱心になって」

 「そりゃあ、貴方がかわったからよ。整理整頓が急にできるようになったし」

 「だって、整理整頓していないと落ち着かなくなっただけだし」

 「料理もしたいと言い出すし」

 「そうそう。南欧州キャラクター食品店にいくより、それなら自分で作ると言い出すんだから、父さんと一緒に出かける機会が減ってしまったし」

 「だって、自分で作らないと、メイちゃんやカルラちゃんに勝てないもん」

 「それに前は、よくスープ皿やマグカップを落としていたのに、今は代えの皿を使わないほど落ち着いているし」

 「それは単にそんな年になっただけ」

 「料理の腕は、すごく腕があがってないか。母さんと料理を分担している日なんか、どっちがどれかわからないほどなんだが」

 「なんなの、それ。いいことばかりじゃない。何が問題なの」

 「だから、その原因を探りに小学校にいこうと思って」

 「だったら、二人で来れば。両親そろって授業参観しても問題ないでしょ」

 「そうか、そういう手があったか」

 「そうしましょうか」

 「どうでもいいけど、授業中は静かにしといてよ」

 「母さん、キリエからあんな言葉をきくようになるとは夢にも思っていなかった」

 「ええ、あのハイカラを地でいって大きくなったら飛行機乗りになるのといって落ち着きがない子だったのに」

 

 

 

 二月十日

 シャブール小学校

 「それでは、授業参観に来られた御父兄の方々をお迎えいたしましたが、いつも通りでお願いします。授業中はあくまで静かにお願いします。それでは、本日はリトマス試験紙を使って、この食材は酸性それともアルカリ性の判定をしたいと思います。食材は教卓の上にあります。各自手にした食材の判定をしてください」

 「普通に俺たちもやった授業だよな」

 「懐かしさがぐっとくるだけだ」

 「どこに子供が変身した原因があるのかはっきりしませんね」

 「今日は空振りですか」

 「カランカランカラン」

 「それでは、本日は朝の忍者修行の時間をお昼にもってきました。御父兄の方々も参加されるのであれば、学校から薄刃包丁をお貸しします。児童と一緒に桂むきに参加されませんか」

 「とりあえずは参加しますか」

 「子供に負けるわけにはいきませんから」

 「俺は、観戦にまわるわ」

 

 「シュルシュルシュル」

 「イテッテ、指を切った」

 「あ、私も」

 「指を切った御父兄の方々をその児童が保健室までご案内しなさい」

 「かーちゃん、しょうがないなあ。ほら、保健室までついてくる」

 「ああ、指を切ってるのは大人ばかり」

 「そりゃ、半年前の児童に俺たちすっかり重なるね」

 「けど、初心者の用の大根でうまくいかないんだったら、普段の料理もたかがしれとるね」

 「包丁で負かされるとは。観戦するのが正解だったか」

 「パパ、お家でもやろうね」

 「今どこまでいってるんだい」

 「うーん、蕪で三分の一くらいまで剥けるかな。桂むきは半年くらいで終わんないよ」

 「一年前は、包丁なんか触らせもしなかったのに。いい学校だよ」

 「みんな、がんばってるんだけど。上級者向けの人参に挑戦している児童は一人もいないんだよ」

 「そうか。だったら、人参は用意されてはいるが使われていないのかい」

 「どうやら、放課後、先生たちが練習に使っているみたい」

 「桂むきにされた大根はどうなるんだい」

 「私たちが校庭で飼ってる兎や鶏のえさになるの」

 「一応聞くけど、その兎は大きくなったらどうなるんだい」

 「毛皮を剥いで、一匹丸ごと解体する予定」

 「そうか、無駄がないんだな」

 

 

 

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