仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第246話

 1922年(大正十一年)三月二十一日

 パリ郊外 シャブール校区教育委員会事務所

 「それでは、ここに新しい科目につきまして提言書をまとめましたのでどうかお受け取りください」

 「確かに受け取りました。これを教育委員会にて審議いたしますので、後日連絡がいくと思います」

 「はい。よろしくお願いします」

 

 「ダン先生、これで受け取ってもらえるでしょうか」

 「教頭先生、それに関してはわかりません。けれど、生活科でよしとするのがよろしいのではないでしょうか」

 「確かに、新しい教科の名前まで考えるのは一介の教師には荷の重いことですが、仏蘭西は、女性参政権をかかげる国です。ですから、料理を含めた裁縫、衣食住を教える教科名には、男でも女でも最大公約数である生活科に学校教員達の声が集約しているのです」

 「はい。先生方には、議論に参加していただき、最終的には男性優勢論者であろうと、女性解放論者であろうと受け入れてくれるならば最大の賛成を得た生活科に落ち着いたわけですが、はて、教育委員会での議論はどうなるのでしょう」

 「ちなみに委員会の構成は、委員長を含め男性五名です」

 「だったら、敵を知った上でやはりこれが最善ではなかったのではないでしょうか」

 「そうだとありがたいのですが、なんせ、このままでは児童に対する指導にも重大な支障が生じつつあります」

 「はい。早い所、上へ上へと私たちの手を離れて欲しい限りです」

 「学校が落ち着いているのがせめてもの救いです」

 

 

 

 三月二十九日

 シャブール小学校

 「教頭、教育委員会から郵便物が届いています」

 「ということは例のものですか、なぜか不吉な影がありますが、とりあえずは開封してみましょう」

 「えー、大変言いずらいのですがどうやら再提出を命じられました」

 「っどういうことですか。詳細をお願いします」

 「要点は、教育委員会の会議で強硬に生活科はいかんよ。我々指導層にまで料理を押し付ける気が見え見えだ」

 「そうそう。これを許せば、ますます女性解放論者が勢いづく」

 「ま、意義は認めますから再提出という方向でまとめてもよろしいでしょうか」

 「「「異議なし」」」

 「と、どうやら委員会は男性ばかりで、そのような高貴な考え方であれば、生活科というわけのわからんもんはいかんという方針で、却下されました」

 「では、一からやり直しですね」

 「やむを得ません。上司には逆らえません」

 

 

 

 四月四日

 パリ郊外 シャブール校区教育委員会事務所

 「改めて提出に参りました。受け取りをお願いします」

 「はい。再提出ご苦労様です。それでは吉報をお待ちください」

 「それでは、失礼します」

 

 

 

 四月九日

 シャブール小学校

 「教頭、教育委員会から返送されてきました」

 「教頭、これはどういうことでしょう」

 「えー、少し時間をいただけますか。情報収集にいってまいります」

 「どうやら、事務レベルではねられたようです」

 「それではどういうことですか」

 「生活科で駄目ならば、次善の策である家庭科という新名称で再提出したのですが、事務方の女性を怒らせたようです」

 「今度は、女性が反対ですか」

 「女性解放路線を進む仏蘭西では、女性を家庭に縛る教科名はふさわしくありません。よって、教育委員会の議題として取り上げることはできませんということらしい」

 「それって、あちらを立てればこちらが立たず。その逆も真なり。八方ふさがりです」

 「官僚というものは、敵が多くても駄目なのですねえ」

 「事務方を第一次防衛線。教育委員会の会議を二次防衛線とすれば、家庭科という表現は第一次防衛線で阻止。生活科という表現は、第二次防衛線でやむなくはいたいというところです」

 「つまり、上と下とで意見が異なるがお前たちでどうにかしろということですか」

 「かいつまんで言えば、最多多数の意見も二番目に多かった意見も天敵にみなされればはねられるということです」

 「ダン先生、すいませんが三度目をお願いします」

 「わかりました、教頭先生。残る意見はこれしかありません。これで駄目だったら手をひきましょう」

 「ええ、それしかないでしょう」

 

 

 

 四月十十九日

 シャブール小学校

 「教頭先生。郵便物です」

 「ごほん。それでは開封します。私たちがかかわった新しい教科名は忍者科となりました」

 「ダン先生、教頭先生、おめでとうございます」

 「皆さんの協力なくして成功は出来ませんでした。厚く御礼申し上げます」

 「いや、忍者に敵がいなかったのが勝因ですな」

 

 

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