仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第248話
1922年(大正十一年)十月一日
パリ 凱旋門広場
「時は、今から四百年前のジャポン。ジャポンは、それまでの戦国時代という武力で血と血を争う時代を終えつつあり、ある一人の忍者により天下が統一しつつある時代であった」
「すげー。忍者ってそのころからいたんだ」
「忍者ってやっぱり、強いんだね。天下一になるんだから」
「その頃の忍者も黒装束をしていたのかな」
「天下統一を目前に控えた山城の国、京にある淀城の天守閣で天下人になる秀吉は、薬草を煎じていた」
「そうだよ、医薬同源っていう言葉があるのさ。毎日の食事の中には、そのままお薬として売られているもんがあるのさ」
「知ってる。その筆頭が例の十二色だよね」
「ブルーベリーでしょ、人参でしょ、ヒジキでしょ」
「何をおいても筆頭は、陳皮だね。みかんを食べたその残りの皮だもん」
「天下統一を目前に控えた秀吉は、その陣中に用意する医薬品をすりこぎですりこんでいた」
「その天井裏には、秀吉の命を狙う五右衛門が潜んでいた」
「天井裏に潜んでいたんだから、五右衛門も忍者?」
「西洋でいうアサシン家業かな」
「この五右衛門、昼間は蕎麦屋を営業し、夜な夜な、悪徳商人の家に押し入ってそこから盗んだ千両箱を市中の貧しい民家にばらまくことをしていた」
「義賊?」
「小判って、お金?」
「金が五グラム入っている金貨だよ(安政小判)」
「三百年前の小判なら、甲州小判の可能性もあるけど、最初の江戸幕府小判なら、慶長小判一枚で27フランだよ」
「すげー」
「千両箱というように、小判千枚が入った箱でそりゃ大金さ。フランに直すと、二万七千フランさ」
「でもそれって重くない?」
「一箱十五キロかな」
「だとしたら、盗めるのは一人一箱?」
「そうだねえ、二箱までなら忍者ならできるかな」
「さすがは忍者」
「夜な夜なごうつくばりな商人たちから千両箱を盗み出していた五右衛門ですが、一向に市井の暮らしが良くならないことに頭を痛めていました。どうすればよいのか、そのことばかり考えて、そばをうつ日々が五右衛門の日々でした」
「やはり根本から変えねばならない。そうなれば、現政権をたてた秀吉を討たねば、世の中の暮らしは良くならないという結論に五右衛門はたどりつきました」
「秀吉って悪い人?」
「どうかな。農民からみれば太閤検地をした人で人でなし。逆に儲かっていた商人からみれば御得意さんといえるかもしれない」
「大多数の人が農民で日々の暮らしは厳しい。少数の商人にとっては、銭を運んでくる人」
「あ、悪徳商人も商人だもんね」
「そう、その日、五右衛門の狙いは日々盗んでいる千両箱ではなく、秀吉の首を狙っていました」
「そのために、天井裏から眠り薬を流し出しました」
「秀吉は、すりこぎから手を離し、ウトウトし始めました」
「ころあいか、そろそろ下に降りて首を落とすか」
「秀吉が死んじゃうの?」
「五右衛門が下に降りようと、天井板を一枚開けた時、それまでお湯を温めていた香炉がピューと鳴りました。うとうとしていた秀吉はその音に目を覚まし、天井番が一枚外れているのに気がつきました『誰か、曲者じゃ。皆のもの、出てまいれ』五右衛門は逃げ場所を失い、秀吉の前に縄をぐるぐる巻きにされてひきだされました」
「忍者、五右衛門が死んじゃうの?」
「お主、名をなんという」
「石川五右衛門だ」
「ほう、お主が京と大坂の商家から千両箱を盗み出した大悪党か。で、今宵はどうした」
「しれたことよ、お前の首を盗みにきたまでだ」
「一応聞こう。なぜだ」
「しれたことよ。お主が天下を料理した大悪党だからだ」
「なるほど。義賊として名を売っている五右衛門からしてみれば、秀吉は天下の大悪党か」
「俺は一日に、千両を盗めるが。それと同等の金を市井からまきあげる大悪党秀吉、いや忍者秀吉よ」
「そうか、一応聞くが誰かに頼まれたか」
「いや、俺の単独犯だ」
「いいだろ。最高の料理をみせてやる」
「いいだろ。俺はつかまった人間だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「料理名は、五右衛門の釜ゆでだ」
「大悪党らしい料理だな」
「こうして、秀吉は義賊石川五右衛門を市中で釜ゆでにしました。五右衛門を釜ゆでにした釜はその後、五右衛門風呂という名をつけられ、現在も使用されています」
「秀吉はどうなったの?」
「秀吉は、その後天下をとり、天下統一を果たしますが、義賊を釜ゆでの残酷な刑に処したことから市民の支持を失い、彼の死後すぐに一族全員が火あぶり同然に燃え行く城の中で亡くなりました」
「そっか、忍者って、天下も捕れる身分だったんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
humanoz9 + @ + gmail.com
第247話 |
第248話 |
第249話 |