仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第255話
1923年(大正十二年)九月十五日
江戸城 大奥
「御年寄には、本日もお日柄もよくめでたくございます」
「確かにのう。江戸城もあちこち壁がはがれておるゆえ、その隙間から江戸市中がよく見えるよのう」
「その件につきまして、いつものように大奥より江戸城修繕費をご調達していただきたくあります」
「なんと、江戸城を修復するというか」
「当然でございます。さもなくば、ご政道もはばかりません」
「そうよのう。ご政道もはかどりなおかつ金銭調達ができるいい方法を教えてしんぜよう」
「そのような方法があればぜひ伝授していただきたくあります」
「その前に、市中の噂を知っておるか」
「なにぶん、江戸大地震が起こって以降、江戸城に缶詰にされていますゆえ、てんで知りません。できましたら、江戸城修復資金調達のめどがつきまして屋敷に帰りたくありますが」
「では、きかせてやろう。江戸市中は、三日で電気が戻った。一週間で水道が使えるようになった。二週間で鉄道が復旧した。さすがは天下の副将軍、水戸のご威光、日本橋の象徴オテル日本橋の灯は消えず。東海道鉄道株式会社に任せておけば問題ない、というものじゃ」
「さすがわ、すわ鎌倉が隅々まで行きわたっておりますゆえ、江戸の復旧もかくも早くなっております」
「その中に江戸で政治に携わる人間が出てこぬのは何とものう。東海道鉄道株式会社の株は、大災害に見舞われたのに逆に値をあげておる。そして、関東の外環状線を複線から複々線に、さらに六線化にするための用地買収では、土地所有者は喜んで土地と東海道鉄道会社株とを交換しておるという」
「はい、災害に強い江戸に生まれ変わるかと」
「さらに、三日で江戸市中に電気が復旧したのを仰天した市民は、新しく建設する屋敷と建築物の電線に日立銅線の製品を指定するようになっておってな。困った時の友は本当の友というのは真実じゃのう。施工主が日立電線を指名しなければ、その電気工事を請け負った棟梁がいうには俺が生きているうちは、銅線はすべて日立銅線に任せる。それは弟子にも徹底させるとのたまうそうじゃないか」
「日立銅線は良い仕事をしてくれました」
「そこでじゃが、市中の噂に江戸城関係者の影が全くない。そこで、大奥から江戸城復旧工費と市中の噂を独り占めできるいい方法を教えてしんぜよう」
「是非」
「遷都だ」
「議会を江戸から移せと言われるのですか」
「候補はそちらが決めてよいぞ。なんせ、日本は台湾に樺太、フィリピンと領土が広がっれおるだろう。はてさて、どこに決まるかのう」
「では、仮に遷都を実行されるとなりますと江戸城はどうなるので」
「いくつか案はあるぞ。まずは、地震の記念碑として一般公開。もしくは富嶽百景美術館の分館が新しく完成するまで仮の美術館として利用するとか。さもなくば、この壁にある亀裂をそのまま残して忍者屋敷として利用するとかのう」
「では江戸城を取り上げるおつもりで」
「そういうことになるかのう。いわば大奥の手を煩わせずに遷都費用がねん出できてよかったではないか」
「とりあえず、本日の話し合い内容を検討してまいります」
「ふむ、よい返事を期待しておるぞ」
「では失礼します」
三の丸
「どうじゃ、復興国債の調達のめどは」
「いつものようにまいりませんでした。今日はどんな難題を吹っかけられるかと思っていましたが、江戸城を代わりによこせと言われてしまいました」
「なるほどそう来たか。日本橋の浮世絵職人が大奥の息がかかった八王子へと移転した今となっては、八王子に劇場、浮世絵版元がそろってしまったわけで、幕府の借金の代わりに江戸城をよこせといってきおったか」
「はい、とりあえずは検討してまいりますといってきました」
「で、江戸城をどのように改造するといっておったか」
「八王子の劇場に続く娯楽施設として利用したようでしたが、美術館さもなくば忍者屋敷に利用したいといってまいりました」
「うーむ、忍者屋敷とは少しばかり表現が違うような気がしてのう」
「あのう、もしかして娯楽施設としての忍者屋敷ではないでしょうか」
「そうかそう来たか。デンマークには、公園という名の娯楽施設があるという。それに習ったものだろ。観光客に忍者屋敷を体験してお金をおろしてもらうのが目的であろうな。なんせ、いい具合に江戸城が倒壊しておるゆえな」
「では、我々は遷都しなければならないので」
「金を工面する方法があれば問題ないのだが」
「いえ、幕府が存在できるのは大口債権者の大奥が世界中から浮世絵代金を集めてくれるおかげでございます。これに逆らうのはかなり難しいかと」
「では少しばかり検討してみるか。どこなら遷都できるかを」
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