仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第256話
1923年(大正十二年)九月十六日
江戸城 芙蓉の間
「ここに集まってもらった連中には、江戸城に代わって幕府を改めて開く場所を検討してもらう」
「理由は、江戸城復旧資金ですか」
「金をつくる方法があれば、問題ない。しかし、江戸城を修理せずに幕府を移転する費用と江戸城を明け渡すことで得られる金額を考えれば、検討の余地はあるのでな」
「気がすすみませんが、これもお仕事ですね。で、移転先は自由に検討してよいので?」
「移転候補先としてふさわしい理由がなければ、皆は納得しない。その理由込みで検討せよ」
「では、これ以上江戸から遠くへ離れたくないという観点から申し上げます。日本橋と八王子をはさんでちょうど反対側に位置するのは甲府。これなら反対する者が少ないといえます。さらに、歴代将軍となった者のなかで、甲府宰相縁者からの出身者がいます。となれば、幕府とのきずなが深き地でもあります。さらに、甲府は消費の中心となる日本橋より列車一本三時間。最大公約的にこの地に収まると言える地です」
「それは、元禄時代の話ですな、甲府宰相というのは。近年、将軍位は、甲府宰相の影響を排除した後、紀伊藩出身者が歴任しています。となれば、和歌山に移転するのも一つの方針といえましょう。なんせ、和歌山は災害の少なき地でございます。関東にいる限り、地震、富士山噴火、水害等これらを排除するのが難しいというしかありません。ご政道の基本は、災害無き地が基本でございます。和歌山こそ、幕府を開く地としてふさわしいというしかありません」
「地政学的な中心に立つべきです。北は樺太、南はフィリピン。東西はさほど幕府開府時と変化がありません。となりますと、日本の中心は、南に大きく広がりました。この点を踏まえ、移転先は台北にすべきです。かの地は、日仏同盟として、仏インドシナにつらなる地です。世界的な地政学に立った見地から台湾へと移転すべきです」
「世界的な見地からいえば、日本はシベリア鉄道を介して仏露と連絡しています。なおかつ、この路線は日本からの輸出を支える大動脈です。欧州と連絡を密にするためにも、欧州での事変をいち早く捕まえるためにも札幌こそ幕府移転先としてふさわしいかと」
「なるほど、幕府開府以来三百年か。移転を考える時期にもなったか」
「お待ちください。日本で最も政治の中心として長かったのは平安京として四百年の継続した歴史があります。また、平安京に遷都をして以降、京は千年間都のままでございます。だとすれば前例に従えば、少なくとも後百年、江戸が政治の中心として不動であってもいいはずです。私ごとながら移転は時期尚早といっても問題ないはずです」
「それが大半の意見であろうが、政治がうまくいかない理由にある大半のものは金がうまく回らないからだ。今回の場合、地震によって幕府の金庫が空になった原因を回避する方策があるというのかね」
「ございません。が、もう一度大奥に検討をしましたが幕府移転は時期尚早と返事をしてはいかがでしょうか」
「確かにその手は考えなんだのう。ではお主、大奥が納得する返事をもらってまいれ」
「命令とあれば、いってまいります」
「お主の肩に江戸旗本八万旗の命がかかっておる。いってまいれ」
大奥
「御年寄にはお日柄もよく、此度は江戸移転の検討結果をお伝えいたします」
「ふむ、きこうではないか」
「江戸移転となれば、旗本八万旗全員の他、諸国の代表も移動しなければなりません。この費用は江戸城の価値よりも小さいとはいえ、借金を重ねる方がましと結論づけました。でありますから、江戸城明け渡し以外の方法で納得していただけませんか」
「江戸城は明け渡せぬか」
「はい、どうしても」
「せっかく、わらわが江戸城を有意義に使ってやろうと思っておったものを邪魔するとは、なかなかの肝の据わったものよのう」
「いえいえ、住みなれた江戸を離れたくないだけであります」
「では代案を出してやろう。忍者屋敷つながりで、幕営の入試科目に忍者科を入れよ」
「つまり、開明に入学したければ、料理ができなければ入れぬようにせよといわれるのですか」
「一言でいえばそうなる」
「他に策はないのですか」
「ない。これ以上の譲歩はない。駄目なら自力で借金をこさえるか、江戸城明け渡しじゃな」
「わかり申しました。老中にしかとお伝えいします」
「いってまいれ」
芙蓉の間
「大奥の要求ですが、幕営の入試科目に忍者科を入れよというものです」
「それは、忍者科を学校で教え、さらに受験科目に導入しろというのか」
「具体的には、寺子屋に入る時以外、中学高校大学の受験科目に忍者科を入れよというのか」
「そうなるでしょう。さすがに、初等教育を始める前に包丁を持たせるのは百害あって一利なし」
「これ以外の譲歩は引き出せなかったか」
「ずいぶん、脅かされました。私にはこれ以上無理でございます」
「では、お主に全権委任した立場としては、忍者科の要求をのむしかあるまい」
「「「ふーー。よかった、屋敷を引き払わないですむ」」」
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