仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第257話
1923年(大正十二年)九月二十三日
江戸城 定番詰所
「シュルシュル、シュルシュル」
「いいなあ、お前は柿を剥くのが得意で」
「なんだ、柿が欲しかったのか。ほら半分やる」
「ありがと。さすがにまーるくむいた柿はうまいな」
「今日のお前はちょっとおかしい。昼飯は、いざ鎌倉を地でいっていたおまえだろ。早飯こそ武士の作法。早くむいてあればいいんだ。少しばかり形が悪かろうが問題ないと食べるのに違いはない、多少、皮がついているのは歯ごたえがあってよいといっていたのはつい一週間前の話だったろ」
「確かに一週間前まではそうだった。その日、幕府移転の話も消えて晴々として家に帰ったのを覚えている。しかしだな、屋敷はこのまま引っ越さなくてもよくなったが、家で居場所がなくなった」
「ほう、もうそんな年になったかおまえんちの小太郎君。受験の準備に一人部屋を要求されたか」
「受験勉強、どうして今までと一緒じゃないんだ。数学、仏蘭西語、国語等でいいじゃないか」
「え、受験でもめてんじゃないの?」
「もめているというか。ことごとく、俺の立場がなくなってゆく、もしかしたら、屋敷で一番格下かもしれん」
「え、どういうことだ。家族みんな引っ越さなくて良かったと喜んでいたんじゃないのか」
「そう、もうこれで小太郎の道を妨げるものは何もないと、ことある度にそんな家事を手伝っている暇があるなら勉強しろといっていたんだが、これが運の落ち始めだな」
「それって、普通じゃないのか」
「ああ、今年の入試を受ける連中まではそれでいい。しかし、小太郎の受験年度は、一大改革が当てはまる年齢なんだ」
「なんだ、その革命っていうのは」
「忍者科を入試の中に入れた幕府移転の代換え要求だ」
「つまり何だ。忍者科への対応によってお前の地位が地に落ちたといいたいのか」
「屋敷内ではそうだ」
「よくわからんが、勉強しろといっているお前だが、お前自身良く学んだほうだろ。自分が勉強できないから、息子に勉強させるのと違うだろ。一言でいうのなら、御父さん、みたいに勉強しろというのが駄目なのか」
「うちでは、家事ばかりしてないで勉強しなさいというのが禁句になった。それを言うたびに俺の地位が低下していくんだ」
「父親が勉強しろというのは万国共通のものじゃないのか」
「それが先週から手ひどい反撃を受けるようになった。『あなた、大根の皮むきこそ受験勉強ですよ。つまり、家事手伝いこそ受験の最重要課題です。小太郎の受験勉強をさせるのなら、私の家事を手伝ってもらうのが一番です。あなた、受験勉強の邪魔をしないでください』『父上、桂むきができなければ開明に入れないという噂が広がっているのですが本当でしょうか』『父上、お兄ちゃんの邪魔をしちゃあ駄目』といわれる始末でな」
「そりゃ災難だったな。で、桂むきの噂はどうだった、本当それとも嘘か?」
「誰も受験したことのない、まだ受験要綱もこれから詰めていく段階で、詳細は誰にもわからん。ただし、忍者科は、実技重視なのは事実だろう。俺みたいな、男子厨房に入らずを地でいく受験生は、受験する前からあきらめている方がいいかもしれん」
「そうか、料理のできない役人は、家庭内で落ちぶれてしまったか」
「これなら、幕府移転の方がまだましだったかもしれん」
「まあまあ、お前の熱心さは皆が認めている。それでこれから家庭内で地位をあげてゆく方法も準備できているんだろ」
「考えたさ。お前の柿剥きみたいにうまくできない男が精いっぱい考えたさ。まずは、小太郎を料理学校に通わせる方法を思いついた」
「そりゃ、職人に習えばさらに料理がうまくなるだろう。これで御新造さんに文句を言われなくなるだろう」
「しかし、料理人に習おうと、家庭内で料理を手伝うのはかわらないだろう。つまり、家庭内最下位は俺のままだな」
「そうか、そりゃ、難題だな」
「次に、料理を職人に習うのは、俺でもいいじゃないかと思い付いたさ」
「その方法なら、家庭内の地位をあげるのは正論だな」
「で、ここ三日ほど料理学校に体験入学をしてきたのだが、すでに主だったところは俺と同じような立場の人間に先を越されていて、俺は残念ながら入学させてもらうことができなかった」
「つまり、応募人数多数ではじき出されたか。ついてないな」
「で、それならせめて桂むきを自主的に習おうと思って、やってみたが大根でつまずいている。お前はいつ皮剥きが得意になったんだ」
「そりゃ、食い意地が張っていたせいだ。次期にすれば寺子屋に通っていた時期だな。寺子屋に通うようなってからは腹が減る。しかし、誰も用意してくれない。だったら、庭になる柿をむけばいいだろうと思ってな。剥いては食べ剥いては食べを繰り返している最中に包丁の腕はあがった」
「やはり、反復練習しかないのか」
「それしかないな。それと庭先になっている柿を剥けよ」
「それは、商品になるような大きな柿を使うなっていうことか」
「そうそう、柿は小さいほど難しい。小さいほど、いい練習になるぜ」
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