仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第259話

 1923年(大正十二年)十二月一日

 パリ カフェ モンブラン

 「今年も後一月か。早いもんだね」

 「今年最大の話題は、ジャポンの関東大震災だな」

 「震度七クラスってどのくらいなんだ?」

 「海からは十メートルの津波が襲ってくる。家屋の被害は、三分の一を超えるもので、死者は十万人以上。被災者は、百万人だな」

 「はは、文字通り都市壊滅級だな。それを平然と日本人は乗り越えたのか」

 「新期造山帯というものはそういうものらしいねえ。江戸っ子にとって、四千メートル級の富士山が噴火したのが十八世紀。それでも、そういうものだという風に割り切るのが日本人というものらしいね」

 「そういう土壌があるから、浮世絵が生まれるのかねえ。まなんだ、仏蘭西も他人ごとではないからね」

 「そういうこと。もちろん、仏蘭西も露西亜も浮世絵を受け取る方の立場だったわけで、その仕分け人だけでかなりの雇用があった」

 「これは両国で明暗が別れたかな。露西亜は、大量の浮世絵を標準軌と広軌とで載せ換える仕事が多数あったけど、なくなったからねえ。」

 「けど、露西亜は、アジアと欧州をつなぐ大動脈として鉄道を利用しているわけであって、全体貿易の一部としての浮世絵だ」

 「もちろん、頭ではそう割りきっているけれど、精神的な安定はそうではなくて、今まで欧州で最初に浮世絵を読むために、サンクトペテルブルグからモスクワに遷都を実行する指導者もいるわけで」

 「おかげで、露西亜はジャポンで印刷された浮世絵を輸送されることになることで落ち着いてしまった」

 「あくまで、欧州で一番早く浮世絵を読むことに固執している国だね」

 「露西亜にとって、浮世絵のお仕事は数ある運輸業の一部であるけど、仏蘭西では浮世絵を欧州各国に仕分けすることを専業にしている連中が多くて、これを放っておくことは出来ないほどの人数になる」

 「というわけで、パリに到着した原版を印刷するお仕事になって為政者はほっとしただろうね」

 「身をとったということだ。いや、印刷業の仕事がまわってきたから、むしろ、為政者にとっておいしいことになっているのか」

 「ところがどこにもへそ曲がりがいてね。いつから仏蘭西はジャポンの下請けになったんだ。ジャポンが欧州で浮世絵を売るのは、これ盟主が同盟国のためにわざわざ骨を折っているのであって、同盟国の下につくためにしているのではないと、白人優勢論者も真っ青な論理を展開してくるものがいるのさ」

 「確かに時代はかわったね。少し前までは、仏蘭西は日本のためにちょっとだけ手伝っていたんだと言い張っていれば良かったけど、日本が持ち込んだ原版を印刷するようになった昨今、利益の割り振りは、単なる仲介をしていた時より増えたんだけど、これが世界に冠たる仏蘭西がすることかと異議を唱える連中がいるのも事実だよね」

 「ジャポンもその辺は配慮しているだろ。仏蘭西だけでなく、ニューヨークにも原版をおくって、世界三極体制でそれぞれ、アジアと欧州、亜米利加大陸を分業するようになったわけで、亜米利加も巻き込んでいるだろう」

 「けれど、世界がそれをどう評価するかだね。各国の指導者層となる人間にとっては、アジアの小国、欧州の大国、仏蘭西を顎で使う」

 「これは、世界中の発展途上の国にとって勇気を与えるものだね。戦争をしなくても発注するのは小国。それを欧州の大国に下請けに出しているわけだから、えらいのは発注主の小国であると」

 「そっか、戦争をして強者と弱者とをひっくり返す必要がないというのが、戦力を保持しない国家にとって希望の星というわけか」

 「他国に追随を許さない核となる技術があれば、それを分業にしたところで、世界規模の分業ともなれば、利益はむしろ輸出一辺倒の時より増大するといいたいわけだな」

 「この分業制をもって、経済学者は別な方面から注目しているよ。産業革命はむしろ古臭く、あくまでも十九世紀の産業である。二十世紀の産業は、核となる技術を握る者が強者となる生産委託方式が世界的な風潮となるとさ」

 「なるほど、欧州戦争の余波が落ち着いてきた昨今、生産過剰体制が見受けられるようになったわけだけど、生産設備をもたない方式こそ設備稼働率に左右されない、不況時にも強い産業になりえると」

 「俺は別な観点から注目したい。産業革命は、英吉利の紡績業から興った。だがしかし、世界各国に広まった産業は生産過剰ともいえる設備を抱えるようになった」

 「そうだね、だから、欧州各国は、関税自主権を取り上げ、自国製品だけが植民地に流通するように自国産業を保護する保護主義が目立つようになった」

 「だけど、衣料品にとってこれから大事となるのは差別化に必要なデザインだろうね。つまり、植民地で学問を修めた連中が資金を出し合い、宗主国の工場に生産を委託してそれを植民地で二割、宗主国で八割を自分たちがリスクをとりながら、デザインにモノを言わせて売るようになれば、利益は大半を植民地が握れるようになる」

 「この場合、核となるのは優れたデザインであって、一定の品質を達成した工場ではない」

 「つまり、代換えできない技術を握っているのはデザイナーであり、紡績工場は代換えがきく汎用品というわけさ」

 「で、これの影響が顕著なのは英吉利だろうというのが僕の見解さ。なんせ、自分に言わせれば英吉利の画家で有名なのは誰?といわれても浮かんでこない」

 「独逸もそうさ。衣料品の核となるデザイナーといえば、世界各国で有名な画家を生んだ国だろうね」

 「南仏蘭西にはそれがある。ピカソはスペイン生まれで、仏蘭西で活動をした。レオナルド=ダ=ビンチは伊太利人さ」

 「なぜだか知らないけど、英吉利と独逸にはデザイナー不毛地だな」

 「さあ、誰かこのジャポンが現実化した生産委託方式で革命をおこすのか」

 「また、この影響を最も受ける国はどこか」

 「世界が今年をもって、二十世紀の転換点と唱えるか」

 

 

 

 

 

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