仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第260話
1923年(大正十二年)十二月一日
パリ カフェ モンブラン
「関東大震災の陰に隠れているけど、ジャポンで受験科目に忍者科の採用って、斬新過ぎる話か」
「立場によって、見方がかわるかな。例えば、優秀な調理師が欲しい業界では、優秀な料理人の発掘の助けとなる忍者科の採用は、願ったりかなったりさ」
「それ以前に、入試科目に採用されるのであれば、数学の先生と同じ立場に料理人が立つことができるわけで、要は料理人の地位向上の即効薬さ」
「なるほど、となれば最大多数の男の立場に立てば、地位低下か」
「屋敷で家長としてふるまおうにも、跡取り息子は料理こそ受験に必要だといって母親から料理を学んでいるし、娘は料理ができるようになるのがもはや受験の最重要事項だといって、母親から離れようとしない。十年前と比べ、母権の地位が相当上昇したか」
「なるほど、一種の女性解放運動と思えばいいのか」
「日本人というのは、上から規則だといってやると右に習えとなる国らしい。女性の地位向上には、法による支配が有効とのことだ」
「日本の女子には、仏蘭西のような女性参政権はなくともそれを補う方法で社会的地位を獲得中か」
「そもそも、仏蘭西は大統領制、露西亜はほとんど専制国家、ジャポンは封建制と各国様々だからね。一律に婦人参政権を押し付けるのは各国の政治体制を理解していないと等しいよ」
「それと、これは学歴格差社会への挑戦と僕は見るねえ」
「ほう、大きく出たね。確かに従来の学力というのは、おおむねどれほど勉強時間を確保できるかによって、得点を獲得できるかが決まってしまう制度だからね」
「言い換えると、財力を使って子供に与える学習時間を大きくとれる上流家庭ほど、学力を伸ばしやすいわけで」
「財力と学力は正比例の相関関係にあるといってもそう間違いではない。金持ちの子供は学力を獲得しやすく、勉強時間を家事手伝いにとられる下流家庭は学力下位者になりやすい」
「そこで、財力下位者に、いいかえると労働階級にあるものと婦人層にも学力を獲得する機会を与えるのが、忍者科の採用という学力格差是正のための措置ともとれる」
「うーん、奥が深い政策だな。家事をしている者は勉強時間が取れない。けれど、その家事の時間が勉強時間に化けるとなれば、いやいや家事の手伝いをしている出世願望のあるものにとっては家事そのモノが好きになってくれる」
「そして、従来型の学力を獲得する時間は今までの半分近くにまで半減できる」
「つまり、要領よくやれば、純粋培養の御坊ちゃまを蹴散らして入学試験に勝つことができる」
「うーん、ジャポン社会が天才型を求めるのでもなく、かといって上流家庭からはきだされる秀才型を必要としているのでもなく、あえて言えば実技をしっかりできるあるいは世間一般に通じた人間を欲しがっているというのか」
「理化学系重視とみなしても正しいかな。料理というのは、味を調えるわけで」
「そうだね。味噌一つをとっても風味を生かすには鍋の火を消してから加える必要がある」
「実験手順を守る風に言えば、沸騰する温度である摂氏百度で味噌を加えるのでなく、摂氏八十℃になってから味噌を加える」
「両者の違いは、前者では寒天さえ溶解されてしまう温度でドロドロになってしまうが、八十度であれば、寒天は溶解されることもなく各々の特徴が生かされる」
「温度管理のできない理化学実験ほどみじめなものはないよ。全て均一なものを作りたかったら、温度管理ができるのが最低限必要なことだよ」
「それに、料理の味を整えようと思ったらやっぱりそれぞれの調味料の使用量をそれぞれ大匙で量れないとうまくいかないよ」
「天秤を前にそれぞれの試薬量をきちんと検量出来る人物をジャポン社会は求めているといっても過言ではないよ」
「理化学系に関しては、実験操作の上手な人材を欲している社会か」
「いやはや、何とも奥が深い結果を生むな」
「科学後進国ではそれが手っ取り早いかもね」
「けどよう、ジャポンにはすでに忍者という優れ物の料理人がいるんだろ。そいつらは実は優秀な科学者?」
「科学者としても優秀だろうな」
「いや、そこは科学実験の成績が素晴らしい連中としておこうか」
「そうじゃない。あの独創的な料理の数々。理論も優れているに違いない」
「てことは、理論科学も実践科学も出来る連中?」
「後は、世界各国でモテモテだね」
「あいつらは、競争社会での勝者か?」
「後、あいつらはたたき上げの連中だから、実は理論的な部分は教わってないと思うが」
「うーむ、謎が謎を呼ぶ連中だ」
「ともあれ、誰もが一度はあいつらが料理した作品を食べたがっているからな」
「色よし、味よし、恰好よしの三拍子だもんな」
「さあて、女性解放がなった後のジャポンはどう変わるんだろうな。さあ、二十年後にはわかるだろう」
「きっと、くの一部隊が活躍しているに違いない」
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