仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第26話

 慶応二年(1866)三月一日

 水道橋駅

 「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。なお、幕府が売上税を導入いたしましたが当社は運賃に反映させませんでしたので、前年度との比較では、当年の営業係数から十をひいていただければ幸いです。前年の開通区間は、名古屋と柘植間及び水道橋と新宿の間です。百円の収入を得るために必要な経費は、三十七円でした。今年の七月をもって京の八条に乗りいれ、東海道線が全通。来年の七月をもって大坂に乗り入れる予定となっております。わが社は、大坂の乗り入れ場所を決定しておりません。今回の議題といたしましては、大坂の駅建設場所と日本橋駅からの伸長先を決定していただきたくあります。

 なお、仏蘭西に釜石で採れる鉄鉱石をもちこんで分析してもらったところ、硫化鉄を含む低品質な鉄鉱石と判明いたしました。仏蘭西国内では、ロレーヌ地方で採れるミレット鉱によく似ており、ミレット鉱を用いる製鉄所で銑鉄にしてもらったところ、多少低品位でありますが製品にできました。ミレット鉱用の製鉄所を建設しますと、二百万円が必要とのことです」

 「大坂での乗り入れ場所の候補と利点及び不利益点は?」

 「候補としましては、北から梅田、中之島、難波をあげます。そのまま大坂の北、真ん中、南にあたります。大坂と京の間を顧客とするならば、大坂の中心部と結ぶ方がいいでしょう。この場合、中之島に乗りいれるべきです。奈良経由で大阪に乗りいれるのならば難波になります。この場合、京の八条に乗りいれる線と別の線路で亀山から直接大坂を目指す分だけ、大坂と名古屋間が短縮できます。もしくは、京の八条から奈良経由で難波を目指すすべもあります。この場合、利点は、奈良の客をいただくことができます。最後に中山道鉄道株式会社が駅を構えた梅田に駅を置くことも考えられます。この場合、二番手の我々に与えられる利点は、立体交差で他社の鉄道をまたぐ必要はありますが、山陽方面を目指すのに便利です」

 「それぞれに一長一短があるのか」

 「中山道株式会社の鉄道をまたぐとすれば、どの地点を勧める?」

 「梅田と天王山を勧めます。立体交差のしやすさでいえば、周囲に家のない天王山付近が最善です」

 「中之島をそのまま西に進み、中山道鉄道と淀川を越え、山陽を目指す方法はどうか?」

 「それですと、淀川をまたぐ回数が一回で済みますので利点は大きいですが、立体交差をするとき、立ち退きをしてもらう方々が多くなります」

 「わが社は、中之島に大坂の駅を置くものとする。大坂の街に入ると複々線化する分を買収するように。中山道株式会社と交渉にあたり、立体交差を許可してもらうこと並びに淀川を越えるために尼崎まで線路を延長するものとする」

 「続きまして、日本橋駅からの伸長を含めまして東海道線の全通後の方針を立てていただきたくあります。候補といたしまして、尼崎以西の山陽道を伸長するというものと日本橋駅から仙台を目指すものとがあげられます。前者は経済性に優れ、後者は日本橋駅を経済の中心とする利点があります」

 「「「水戸だ」」」

 「水戸、磐木を経由して仙台に向け伸長するものとする」

 「では、幕府に水戸街道と岩城街道の鉄道新設を願い出ます」

 「以上をもちまして第六回決算報告を終えます」

 

 

 三月八日

 江戸城

 鉄道埋設願い

 水戸街道並びに岩城街道の鉄道埋設を願い出ます

  東海道鉄道株式会社

 「これは、なんとかならんか。例えば日本橋駅から高崎経由で水戸に延ばすとか。この申請を却下するとか」

 「水戸藩出身の者が多数いる会社です。彼らに先に高崎に延ばせというのは無理があります」

 「申請に不備はありません。鉄道を埋設する競合会社もありません」

 「この申請をつぶせば、仙台藩という大藩が牙をむきます」

 「東日本の大名家は東海道鉄道株式会社の株をもちたいと名古屋藩のように自藩で鉄道をひくことを狙っています。東日本の藩を納得させるには競合会社でもかまいませんが鉄道を埋設する会社が必要です」

 「東海道鉄道株式会社は、昨年売上税を全国一納めた会社です。税を納めているのならばそれに対し便宜を図らねばなりません」

 「はあ、申請に対し許可を出してやれ」

 

 

 三月二十日

 鉄道埋設許可

 東海道鉄道株式会社に水戸街道並びに岩城街道の鉄道埋設を許可する

 

 

 四月五日

 源氏物語『帚木』『空蝉』を浮世絵化

 江戸城 大奥

 「最初は、売れ行きが伸びなくてひやひやしましたが初刊は半年で黒字化しました」

 「二巻目以降も出せば、相乗効果で既刊も売れるでしょう」

 「仏蘭西では、婚姻の際、一生に一度のぜいたくということで十二単を着る風習が広がりつつあるそうです」

 「それは思わぬ副作用がありましたね。我らは毎日十二単を着ているゆえ、そんな風習がはやるとは」

 「我らの先輩たちは浮世絵の代わりに歌舞伎役者をひいきして幕府による歌舞伎弾圧を招いたほどでしたが、同じ轍を踏むわけにはいきませぬ。浮世絵で金をつくった後、何かよい方法はないか」

 「男にうつつを抜かしたから失敗したのです。私は、仏蘭西のジャンヌ=ダルクのような英雄に憧れます」

 「では、今までにない歌舞伎のおなご版をやろうではありませぬか。幸い、八王子まで鉄道一本でいけるようになるとのこと。そこにおなごだけの八王子劇場を建てることを目標にいたしましょう」

 「「「はい」」」

 

 

 四月十日

 中山道鉄道株式会社本社

 「専務、東海道鉄道株式会社より中之島でわが社の線路をまたぎたいとの要請がまいっております」

 「すると、連中は京の八条から大坂のど真ん中である中之島に線路をつなげるというのだな」

 「路線図を見せてもらいましたが、淀川の東側を中之島まで延ばし、中之島駅と淀川を渡った先に尼崎駅を設置する模様です。当社とは、中之島駅で立体交差することを望んでいます。それも複々線化の幅を要望しています」

 「申し出を受けなさい」

 「ではそのように取り計らいます」

 「それとわが社も中之島に駅を新設いたします。設置理由は、東海道鉄道会社の中之島駅で降りた客をわが社に誘導するためです」

 「承りました」

 「使えるものは全て使わせていただきましょう」

 

 

 五月一日

 日本橋駅

 告示

 此度、七月一日より日本橋と京の間で急行列車を運行させます。同急行列車の愛称を広く皆様より募集させていただきます。当選者の方には、当社より同区間一番列車の往復切符をお贈りさせていただきます

  東海道鉄道株会社

 

 

 六月二十日

 水道橋駅

 「此度の急行列車の愛称募集に対し、上位にありますのは『富士』『桜』『燕』『比叡』『しらさぎ』となっております」

 「個人的には比叡が京らしさを示しているが、来年の大坂乗り入れも同じ愛称を使いたい。となると、桜の名所を使うか。急行列車の愛称は急行桜とする。当選者への発送は任せる」

 「承りました」

 

 

 七月一日

 八条駅

 「八条発日本橋行き一番列車が発車いたします」

 「慶喜殿、朕がこのような形で和宮に会いに行ってよいものか」

 「問題はないでしょう。ただし、ここから先は御内密に。徳川十四代目が只今病にふけっております。もし万が一の場合がありますゆえ、将軍をお見舞いする件に関しては他言無用でお願いします」

 「うむ。で、天皇お召列車ということで将軍の病気に関しては知らぬふりをせよ。あくまで皇族である和宮に会いに行くというのであるな」

 「半日で江戸城につきます。今日は、天皇の行幸を慶喜が願い出てそれが実現したとの設定でお願いします」

 「その件については了承した。しかし、列車に乗るために一々かごに乗るのは面倒よ。御所前まで線路を延ばさぬか」

 「京は江戸と違い碁盤の目のようになっております。江戸でしたら大名屋敷が多く、幅三十三尺の用地を買収するのはそう難しくはありませんでしたが、京でその幅を買収できますか」

 「そうよの、碁盤の目のように道が走っておるからそれだけの幅を線路に取られては通行人が難儀しよう」

 「それに、大坂の中之島で鉄道の線路の上を鉄道が十字に走らせる必要があり、これが幅六十尺を必要といたしました。京の町中でそれはできないでしょう」

 「できぬな。鴨川沿いを川端通りに沿って北上し、御所前に駅をつくるとすれば、これは中山道株式会社が鴨川を越えることができぬ。うまくいかぬ」

 「発想を転換いたしましょう。要するにかごに乗るのを回避できればよいのですね」

 「ああ、やたらと時間がかかるのが難点よ」

 「では、蒸気機関車の発祥というものではどうでしょうか」

 「どうちがうのだ」

 「蒸気機関車は、客車を機関車が引っ張ります。これに対し、馬車鉄道というものがあります。線路の上で馬車を馬が引っ張るのです」

 「なろほど、それなら駅に直接馬車で乗り入れられるのう」

 「しかも既存の道の上にひけます。これなら鉄道の線路をまたぐのでなくそのまま十字に通過できるでしょう」

 「面白い。八条駅と烏丸北大路とを馬車鉄道で走らせることはできるか」

 「できるでしょう。烏丸通をそのまま使えるでしょうから、事業者さえいれば問題ないでしょう」

 「面白い話を聞いた。早速、御前会議にかけ高瀬舟をつくったような事業者にまかせよう」

 「それがよろしいかと」

 「話はかわるが伏見の酒がある。江戸の人間は新酒番船が好きでな。西宮からの船便から一番先に届いた新酒を宝のように取り扱う。これが伏見の酒業者にとって悔しくてならぬ。どうだ、新酒が西宮から船で出るのであれば伏見の一番酒は、八条駅から日本橋駅に陸上輸送する競争をしてもよいとは思わぬか」

 「御殿場線が不通にならぬ限り、同時刻を出たのであれば伏見の酒が一番酒をいただけます」

 「いっそ、西宮に伏見の酒を置いてそこから八条駅に伏見の酒を船で運び、鉄道の乗せるというのはどうだ」

 「西宮の業者も同じようなことを考えるでしょう。その場合、たいていの場合、引き分けに終わり勝負がつきませぬ。あと数年で新酒番船は廃れるでしょう。先に鉄道が開通した伏見の業者は、鉄道貨物で一番酒を西宮の業者より先に日本橋に届ければよいでしょう。そうすれば実質的な一番札をとったといえるでしょう」

 「そうか、一つ新酒番船という風物詩が消えゆくのみか。これはさびしいような。これからは江戸に近い伏見の酒が有利と言えるのか」

 「まだ、鉄道の荷物は高くつきます。新酒ならば値段に糸目はつけないのですから鉄道で日本橋に送りますが、船便は安くつく利点があります。新酒以外は船便で送る状況がしばらくは続くでしょう。酒の値段があがるまで樽廻船は酒を運び続けますよ。新しい洋船が荷物を運ぶようになるまで」

 「そうか、時代はかわるか」

 「で、大坂に東海道鉄道株式会社が乗りいれた後、将軍をするのか?」

 「仮に十五代目の就任要請が来ても断ろうかと隣にいる渋沢と話していたところです。やりたいことが多すぎて、将軍でいるのが窮屈に感じるようになりました。中国地方の大名家からは山陽道に鉄道を伸長してくれという要請が来ていますが、今しばらくこの要請にはこたえられそうにありません」

 「毎年、十里以上伸長している会社ができぬとはこはいかに」

 「我々は、水戸藩出身のものが多くいます。彼らのためにも故郷に錦を飾ってやらねばなりません。それがわが父の遺言でしたし」

 「あ、水戸街道並びに岩城街道への伸長というものか」

 「ええ、それだけではございません。来年は、オテルという旅館にご案内いたしますよ」

 「旅籠とは違うのか」

 「ほとんど違います。畳がまずありません。土足で上がっていただきます」

 「ほう、それは部屋が汚れるであろう」

 「埃は、大理石やマットで吸い取ります。食事もクロワッサンが出ます。小麦粉を焼き上げたパン=トラディスィヨネルの一種です」

 「それは、何とも楽しみよ」

 「それが、このパン=トラディスィヨネルの堅いことしわいことといったらもう何度パン焼き職人に駄目だしをしたことやら」

 「その失敗も楽しんでおるのだな」

 「ええ、やっとクロワッサンを焼くという職人に許可を与えました。本場のパン=トラディスィヨネルをそのまま持ち込む必要はないといってやりました」

 「どうやら、今なら開国しても大丈夫のようだな」

 「我々としては、競争相手が少ないほうがよいのですが」

 

 

 

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