仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第27話

 慶応二年(1866)七月二十三日

 増上寺

 「十四代目の死因は何と」

 「脚気による心臓発作」

 「お菓子ばかり食って、脚気になりやすい典型例であったからな」

 「遺体の歯は虫歯ばかりという話だ」

 「そんなんでは、大奥なぞ暇だったな」

 「先代とかわらなかったともいえる。遺言は、田安家の四歳児を後継にせよというものだったが」

 「歴代最年少か。なれるのか」

 「将軍が飾りものであるのは、皆承知している。世の中が平穏であるか否かそれを問うている」

 「幕府の借金は実質四分の一になり、商人からも税を取るようになったのだ。ただ一点を除いて問題なかろう」

 「開国か否か」

 「四歳児を抱えて外交交渉か。責任者を誰にするかでもめよう」

 「苦しい時の慶喜だのみはかわらんといえるな」

 「なんせ、幕府の財政に一番貢献している」

 「それだけではないぞ。東海道線が全通した今、鉄道を延ばしてもらいたい山陽道もしくは、山陰道にある大名家にとっては路線がどちらを選ぶかで関ヶ原の敗者と勝者にわかれるようなものだ」

 「それは、姫路までは平坦な道が続くのだ。姫路まで路線を延ばされた地点で山陽道だろう」

 「山陰は平坦な道が続くといえ、中国山地越えで日本海に出るまでが山がちだ。これは山陰道はなしか」

 「雪もあるし、人口が少ない。鉄道の基本は人口の多いところを進むものだからな」

 「一縷の望みは、尼崎が山陰と山陽道のどちらにも出口となる点だな」

 

 

 七月二十四日

 水道橋駅

 「渋沢、幕府の方針は再来年に開国と決まった」

 「となりますと、会長が開国の交渉をされるので」

 「赤鬼が最後の仕事として名を残すことになるようだ。全権大使として監督はするが幕臣に任せる。勝ならば悪いようにはせぬだろう」

 「となれば、わが社の方針にも変更がございますか」

 「開国後二年が経過する四年後、各地で鉄道埋設願いが出てくるであろう」

 「では、毛利藩を押さえるので?」

 「敵を知らねば策は立てようがない。幕府からの発表を待ってでも遅くはあるまい。敵が軍艦で来るのか、経済政策で来るのがわかってから対策を立てればよかろう」

 「では、水戸を目指す方針に変更なしですな」

 「企画部には、四年後までに水戸に到達した後、山陽道をどこまで延ばせるか検討してみてくれ」

 「承りました」

 

 

 八月一日

 江戸城

 「十五代目の発表を大老である井伊が述べます。此度の将軍には、先代の遺言通り、田安家当主であった徳川家達様に就任していただきます。なお、この老骨最後の奉公として二年後に開国いたします。詳細は、後ほどおいおい発表させていただきます」

 

 

 日本橋 料亭梶

 「ついに開国か、何がかわるかさっぱりわからん」

 「世界は、ほとんど白人の支配する世界となったらしい。アジアで独立を保っているのは、この日本とあと数国となってしまったようだ」

 「つまり、開国せねば列強と呼ばれる国々に日本が踏み荒らされるのか」

 「鎖国したままでは、鉄道にも乗れなかったからな。鉄道を製造できる国に戦争を仕掛けようという国は、同じ鉄道を製造できる国でなければ一方的に敗退するであろう」

 「幕府の狙いは、鉄道を製造できるようになることか」

 「幕府にすれば、本音では開国はしたくない。しかし、列強の一員である亜米利加がおとなしかったのは同国内で内戦があったせいらしい。内戦終了により、日本に対する圧力が高まる前に亜米利加と対抗できる国力を求めての判断のようだ」

 「後は、藩庁公認で抜け荷をやっている藩が複数ある。幕府に従っている藩にしてみれば貿易による利益を得れないのは不公平といえる。機会均等のためといえるかね」

 「幕府による貿易の独占と機会均等を天秤にかけ、後者に重心が高まったか」

 「ちなみに、幕府は各種の認可は手放さなかったから、鉄道を埋設する藩は幕府の認可を得なければならない」

 「なるほど、金座と銀座を確保しているように許認可権を握り新たな支配体制に移行するのが目的のようだ」

 「赤鬼も自分の政治生命の期限を切ったからな」

 「幼君であれば自分の判断で動けるからな」

 

 

 九月四日

 萩城

 「伊藤、開国が二年後と決まった。我が藩の方針はいかに」

 「友藩をつくるべきです。我が藩だけでは幕府に対抗できませぬ」

 「ふむ、なるほどと思わせるがその手は?」

 「倒幕資金を使い、中国地方に鉄道を埋設いたします。中国地方を鉄道による益で釣るのです」

 「では、鉄道により下関と広島を結ぶのか?」

 「御意、幕府に山陽道の埋設許可を願い出るできです」

 

 

 九月二十日

 鉄道埋設願い

 山陽道を下関から大坂まで埋設願いを出します

  山陽道鉄道株式会社

 

 

 九月二十五日

 水道橋駅

 「会長、幕府より文がまいっていります」

 幕府より東海道鉄道株式会社に命ずる。毛利藩に対抗して山陽道の鉄道埋設願いを幕府まで申しでよ

 「渋沢、毛利藩は経済戦争を仕掛けてきたか?」

 「御意、幕府とすれば山陽道全てを毛利藩に取らせるわけにはいきませぬ。我々に毛利藩の前進を止めよとのことです」

 「明日、臨時取締役を開く」

 

 

 九月二十六日

 「幕府より申し出があったので此度の臨時取締役会の開催の運びとなりました」

 「幕府よりの文には、『幕府より東海道鉄道株式会社に命ずる。毛利藩に対抗して山陽道の鉄道埋設願いを幕府まで申しでよ』とあります。我々が今後の方針に変化があるやもしれませんので此度の臨時取締役会の開催となりました」

 「幕府が山陽道の埋設許可をくれるのであれば素直に埋設申請をすればよいのでは?」

 「申請をするには、埋設をしなければなりませぬ。水戸街道をあきらめて埋設するのですかな」

 「これは難問ですが、我々が埋設を申請するとなったらどのような形で許可が下りるのでしょうか」

 「予想では、両者に埋設許可を出し両者が合流した地点までを許可することになるものと思われます」

 「では、敵が伸長する予想される順序は?」

 「毛利百万石の力をもってすれば、四年後、下関と岩国間で営業開始。その二年後、広島まで伸長。その四年後岡山まで。姫路にその二年後。下関と大坂全通まで十四年と思われます」

 「わが社の水戸まで伸長するまでにかかる時間は?」

 「尼崎開通が来年七月。さ来年に土浦まで。水戸までは三年後の七月を予想しています」

 「では、我々が山陽道に取り掛かるのと毛利藩が藩の外に出てくるのとほぼ同時期だな」

 「一つ提案ですが、大坂と姫路間を押さえれば問題ないかと。山陽道に埋設を命じた幕府の顔も立ちますし、姫路以西は中国山地が張り出していますので鉄道の埋設はそうやすやすといきません。敵に山道を掘らせ、我々は姫路までの平坦な地形と山陽道の一番人が多くておいしいところをいただくというのは悪くないといえます」

 「確かに、姫路以西は岡山と広島しか大藩がない。姫路と岡山を結ぶのは我々でも二年がかりであろう」

 「薩摩藩から提案があります。仮に姫路まで線路を伸長するのであれば、その前後で小倉から博多経由で鹿児島まで線路を延ばすべきです。九州は、地元資本を使って我々の負担を減らせばそれほど出費をしないで線路を延ばせるでしょう。東西から毛利藩を押さえこめば幕府の方針に沿うことができます」

 「毛利藩が東へ線路の延ばさざるをえなくするわけですか」

 「その意見を採用する。わが社は、水戸まで伸長した後、姫路を目指すものとする。申請は、山陽道と西海道の埋設願いを出すものとする」

 

 

 九月二十八日

 江戸城

 鉄道埋設願い

 山陽道並びに西海道の埋設を願い出ます

  東海道鉄度株式会社

 

 

 十月四日

 鉄道埋設許可

 山陽道鉄道株式会社に山陽道の鉄道埋設を許可するものとする

 東海道鉄道株式会社に山陽道並びに西海道の埋設を許可するものとする

 なお、山陽道に両社の許可を出したのは、両者が接するところまでの埋設を許可するものとする

  幕府

 

 

 十月二十日

 萩城

 「伊藤、山陽道鉄道株式会社と東海道鉄道株式会社に山陽道の埋設許可が下りたのをどうみる?」

 「両者に競争させるためですね」

 「早いもの勝ちか?」

 「そう言わざるをえません。が、我々は不利です」

 「金のなる木をもたざるせいか?」

 「下関と広島間を結んでやっと金のなる木を手にできます」

 「賽は投げられた。機関士を英吉利に留学させる手筈は整えた。夫役で線路用地をなだめて、線路を購入次第、埋設をするしかあるまい」

 「幕府にのせられました」

 

 

 十二月二十日

 日本橋

 「あの駅に隣接した土地に建設中の建物だがあの色は今までになかったものだな」

 「煉瓦というものらしい。木造ではなく、瀬戸物を並べてつくるオテルという旅館らしい」

 「どう違うのだ」

 「肉食をする」

 「あれか、鹿の肉を食べるのか」

 「それだけではない。御飯でなくパンが出てくるらしい」

 「何とも風変わりな施設だな」

 「寝るところからして違うぞ。畳の上に布団を敷くのではなく、ベッドといって、最初から布団の上下が一日中でている」

 「なんだそりゃ。たくさんの人が寝れないぞ。それで旅館なのか」

 「基本、一人か二人で一室を使うようだ」

 「はあ、それでは浴場もないのか」

 「浴場はあるが、部屋にはシャワーといって上から水が落ちてくるようになってるそうだ。その落ちてくる水なりお湯で体を洗う」

 「みんなそのオテルにとまりたいのか。それとも敬遠か?」

 「料理人は、これまた二年間仏蘭西で修行してくるそうだ。その料理を味わいたければ、料理だけ食堂で出されるから、食事限定の客もいるとのことだ」

 「つまり、一度は寄っていくべきところなのか」

 「おなごを連れていけばすぐにでもついてきてくれるかもしれんぞ」

 「よし、試しで泊ってみるぞ。決して同伴のためなんじゃないからな」

 

 

 慶応三年一月三十日

 孝明天皇崩御

 水道橋駅

 「お約束は果たされぬか。ぜひオテルにとまってもらいたかった」

 「死因が疱瘡ですから他人にうつすわけにはいきません」

 

 

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