仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第264話

 1925年(大正十四年)八月十日

 仏蘭西 サロンド=プロ=ヴァンス 航空学校 整備部

 「やれやれ、星型五気筒エンジンより高速でかつ耐久性が高く、低燃費のエンジンを作れときたか」

 「旦那、あてはあるんすか」

 「あてはあるが、それを言う前に航空エンジンの未来をもう一度言ってみな」

 「単純に気筒数の増加ですよね。五気筒が主流となったら、その次は七気筒、その後に九気筒ここまでは、開発部が確定していることだといっています」

 「で、それより高速にする課題ってはなんだ」

 「三つあります。九気筒までは目立たないことですが、九気筒に許される割り当て角度は、四十度。これ以上は角度を減らせないのが問題点その一」

 「でその対策は?」

 「自動車でしたら、思い切って前部エンジンと後部エンジンにして、それぞれ極端な話、前輪担当のエンジンと後輪担当のエンジンとエンジンを二つ載っけることです」

 「自動車と飛行機との違いは?」

 「自動車は四輪です。地面との接点は、四個のタイヤが支えてくれますから、二つのエンジンをシャフトでつなぎさえすれば、前部と後部の重量バランスが均衡する点が楽です。それに対し、飛行機は空中にあることを前提に設計されます。それに揚力を得るために必要なものはあくまで飛行機の前方に配置されるプロペラですから、後部にエンジンを置く利点はありません。そのため、十気筒以上のエンジンは偶数になります。今までの延長でありますと、まず十四気筒になります。七気筒エンジンをくっつけて二重エンジンで問題に対処します。その次は、九気筒エンジンを二つくっつけて十八気筒エンジンですね」

 「その利点と不利な点は」

 「空冷であるために必要なことは、エンジンをきちんと冷却することです。一重エンジンで十一気筒が現れない理由に一つは、気筒同士が接近し過ぎて、十分な冷却効果が得られないことです。ですから、十分な冷却をするには、エンジン同士を十分離せる二重十四気筒が俺の設計したいエンジンです。だがしかし、これには難点があります。エンジンは飛行機で一番重たいものです。それをくっつける前提で、プロペラを前方に配置するとなるとエンジンをほとんど飛行機の中心にも持ってくる必要があります。なおかつ、前方からエンジンを冷やすために空気を呼び込むわけですから、寸胴な機体にならざるを得ません」

 「では、寸胴エンジンを回避するために考えることは?」

 「星型エンジンをあきらめることです。あくまで空冷にとらわれなければエンジン設計の自由度はあがります。水冷エンジンにすれば、採用できるエンジンは直列並びに水平、最後にV字の三通りになります」

 「その中で有力なのは?」

 「V字です。水平対向エンジンと直列エンジンにはそれぞれ、十二気筒エンジン以上で飛行機に採用するにはそれぞれ大きな欠点があります。直列十二気筒エンジンの欠点は、長すぎるのがいけません。このエンジンで戦闘をしようものなら、飛行機の均等をとるのが極めて難しく、なおかつ宙返りなどの曲芸飛行でもバランス取りでコンパクトに設計できるV字に容易に負けることがみえみえです。これには、水平対向十二気筒エンジンにも言えます。水平に十二気筒を並べると、魔法のじゅうたんのようなものです。これを飛行機に積みこむのは出来れば遠慮したいものです」

 「では、残ったV字十二気筒エンジンの利点はもう言ったな、だったら欠点はなんだ」

 「いくらコンパクトにできるといっても、十二気筒エンジンは十分長すぎるエンジンです。これをさらに馬力を上げるとなれば、十二気筒エンジンを前後に並べてとてつもなく細長い二十四気筒エンジンにすることが考えられますが、これは速度記録を狙うためだけの専用機という位置づけになるでしょう。また、V字十二気筒を上にその下にひっくり返したV字十二気筒エンジンを配置することでいわゆる十字二十四気筒エンジンができますけど、これも遠慮したいほどの場所をとります。よって、水冷V字十二気筒エンジンの場合、これ以上の気筒数増加が望めないと考えるのが妥当です」

 「今までで、空間の問題と排熱問題も一段落かな。では、第三の問題はなんだ」

 「星型エンジンで厄介なのは、エンジンのバランス取りです。いくら馬力が稼げてもエンジンの振動が激しすぎれば、エンジンが空中分解してしまいます。だから、V字エンジンでも直列エンジンでも十二気筒どまりで、エンジンバランスをとる必要があります。レシプロエンジンならば、振動の原因は一次振動並びに二次振動、それに回転体である以上、みそすり運動をうち消さなければなりません。V字と水平対向エンジン、それと直列エンジンで六気筒もしくは十二気筒ばかりが出てくるのは、これらの振動を打ち消して、振動に対して完全エンジンとよばれるからです。ある意味、四十時間連続稼働をさせる飛行機エンジンの最大の敵は振動でしょう」

 「ほう、それがわかっているうえで、今日は星型五気筒エンジンより優れたエンジンを作ってくれときたわけだが、ここに第四の問題が出現する」

 「え、これ以上何が問題があるんです。仏蘭西空軍は、石油先進国である亜米利加と上手に付き合ってますから、軍用ハイオクタン価ガソリンを入手することができます。だから、ノッキング対策に低燃費それに高出力対策はかなり有利ですよ。民間の飛行機に比べてね。ですから、第四の問題は浮かんできません」

 「それはだな。開発期間が限られることだ。いくら、完全エンジンといえどV字と直列エンジンでそれを作ろうとすれば、優秀な設計図と後工程で十分なバランス取りが必要なわけだ。設計図一つですむと思っているのは間違いだな。というわけで、時間を買えない以上、いままの延長で製作できるものをつくるしかないわけだ」

 「それって、星型五気筒に対抗することに特化したエンジンですか」

 「そうだな。それが発明されたところで、さらなる発明につながるわけでもないという実利重視のものだな」

 「それも男のロマンが漂いますよ」

 「いうねえ」

 

 

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