仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第268話

 1926年(大正十五年)四月八日

 パリ カフェ=モンブラン

 「これも関東大震災の影響かね。女浮世絵師の開祖に葛飾北斎の三女、AJが発見される」

 「関東大震災のおかげで、ジャポンでは浮世絵研究をするような余裕はなかったわけで、多くの浮世絵が研究対象としてパリに渡った」

 「パリでは、北斎が晩年になってからも作品を連々と出筆していたことと八十過ぎの美人画にみられる筆使いが青年のように若々しかったこともあり、この際、その謎を解こうという学芸員達がそれに群がった」

 「だったら、八十過ぎの北斎作品のみをAJとの共作にしても良かったのでは」

 「それは、学芸員の方針次第かな。世界一の女性画家を誕生させるのだと、そういう思惑ありきと言われても仕方ないが、せっかく歴史に埋もれていた浮世絵師を世界に売りに出すのだから、大風呂敷を広げたいということかな」

 「浮世絵師に関して、仏蘭西が発掘し、ジャポンが承認、亜米利加が沈黙したのなら、仏蘭西の主張が通る世の中だからね」

 「男社会で北斎は確かに巨匠と呼ぶにふさわしい。だが、数ある巨匠の中の一人でしかない」

 「ここで、AJが世界一の女画家に押し上げることができれば、北斎には世界一の師匠という立場が加わる」

 「目下、仏蘭西は女性解放の最有力国、AJが離婚をして以後独身で生涯を過ごしたことも独立した女性でありなおかつ、同業だった元夫よりも名声を得たことで一押しをするにはうってつけの人材に祭り上げる要因となっているんだな」

 「で、AJが世界一の画家の称号を得るにあたって反対意見はあるのか」

 「これは問題なく通るであろう。これ以降北斎が六十を過ぎで出版された作品は全て葛飾北斎AJとなってしまうわけで、相当数の作品が当てはまる」

 「ちょっと待て。そうなると、富嶽三十六景もそれに当てはまるのか」

 「当てはまるね。富嶽三十六景が出版された時、北斎は七十二歳。当然、AJとの共作になる」

 「そういうことは、富嶽三十六景美術館も改名しないと駄目か」

 「作品名はわざわざ改名する必要がない。改名したければするというのもありだが、作者名がかわり、作品名まで変わっては混乱が大きくなりすぎる。というわけで、作品名は今まで通り。けれど、その隣に筆者名を改名する必要があるが」

 「で、混乱はそれぐらいですむのか」

 「世界中で北斎の名で出している作品を全て確かめる必要はある。六十歳前後の作品で特に、北斎AJにするかどうかを決めねばなるまい。版画作品というのはそのうち一点をみれば世界中で右にならえをするだけですむのが利点だが」

 「美人画がもめているのだろ」

 「応為というのがAJ単独の画号なのだが、これを幕府は必死になって収拾しないと駄目だな」

 「現存する美人画はわずか拾点ほどだろ、どこにもめる要因があるんだ」

 「江戸幕府が男社会だからだ。AJが北斎の弟子として広く認められていたのなら、仏蘭西はそれを了承していただろう。しかし、北斎の娘、AJを発掘したのは仏蘭西学芸員」

 「つまり、女性解放路線をひた走る仏蘭西からしてみれば、世界一の女画家を黙殺していた江戸の社会が許せないと」

 「早い話、江戸幕府はAJの名誉回復に奔走しなければならないわけで、少しでも多くの同作品を世界に広めなければならない羽目に陥った」

 「となると、幕府にとっては第二の黒船?」

 「男尊女卑をかかげる英吉利や独逸と結んでいれば、第二の黒船はなかったけど、その場合、第一の黒船で幕府は転覆していただろうから、幕府が助かるには第二の黒船を乗り越えるしかない」

 「今更、英吉利につくわけにはいかないだろうし」

 「もっとも、仏蘭西が突っつかなくても幕府は国内で女性の地位向上をかかげる大奥に頭があがらないわけで、大奥を納得させなければ老中の首も危ういな」

 「その前提条件として、女浮世絵師の開祖AJ物語は、大奥が出版したんだろ。これは幕府が抱える情報よりも大奥の握る情報が勝っているといっていいな」

 「だとしたら、少し前、大奥が要求した江戸城明け渡し要求をあっさりと譲歩した理由も明らかになってくる」

 「つまり、大奥は第二の要求が世界中から湧き上がってくるのを見越していたと」

 「そういうこと。一度ひっこめた要求が蒸し返された時、幕府はさらなる要望をきかないといけないわな」

 「だったら、江戸城明け渡しは既成路線か」

 「それより上の要求をのめばそれも何とかなるけど、そんな要求とはそれほど多くはないからな」

 

 

 

 江戸城三の丸

 「それでは、大奥を納得させ、仏蘭西から見限られないための策を打ち出してくれ」

 「栄女の名誉回復を図るのは当然かと」

 「難しいことを言う。栄女の画号が入っている作品は十点ばかしだ。それを入手するのがどれほど難しいか知っているだろ」

 「なんとか、美術館に展示させてもらえるように交渉していくほかないでしょう。わずか十点ということで、その価値は十倍が提示されてもおかしくはありません」

 「はあ、世界一の女性画家が出現した名誉に浮かれている市井の連中がうらやましい」

 「後、大奥を納得させる方法はどうじゃ」

 「江戸城明け渡しより大きなものにするしかないでしょう」

 「だとすれば、女性参政権の一歩手前まで譲歩するしかないでしょう」

 「まてまて、我が国はまだ男による普通選挙も実施されてないんだが」

 「だとすればその方面を避けて、物語で触れていた点を改善するしかないでしょう。相続権を男女平等にするのです」

 「いやいや、それだと将軍職も女が引き継げるのが」

 「では、江戸城明け渡しで我慢していただきますか」

 「それは困る。江戸城を明け渡しの必要がなくなったといって、江戸の街に武家屋敷を新築した現在となってはそれは出来ぬ」

 「では、女将軍を認めるしかないでしょう」

 「やむをえん。女将軍も女大名もありだ。相続権で譲歩するしかあるまい」

 

 

 

 幕府公示

 

 女性と男性の相続権を平等にする

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誤字脱字・感想があれば掲示板へ

humanoz9 + @ + gmail.com

第267話
第268話
第269話