仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第269話
1926年(大正十五年)八月一日
上海 租界
「周の武王、武を用いて殷を滅ぼす。周の文王、徳を用いて小さな周の周辺国家から信頼を得る。いずれの徳が高いか」
「清帝国にとっての命題でもあるが、国内の反乱が止まらず国内政治が安定しない」
「国内政治を安定させるのは、清帝国を支える農民を匪賊にしないのが一番なんだが、そんなわけで文王は武王よりも高位に位置する」
「それは今の国外政治も絡んでいるからだ。非白人国家で白人国家に勝ったのは清が露西亜に勝った極東戦争一回のみ」
「そんな誇りも入り混じって、清は武王路線をまい進している。国内の反乱は、武をもって討伐すれば済むと」
「対して、隣国の日本は白人国家と矛を交えたことがない無害な国家である。しかし、世界的な名声は清を大きく上回る」
「その理由は、徳を用いて仏蘭西と亜米利加を服従させている一点に尽きる」
「カラー印刷機による浮世絵生産を仏蘭西と亜米利加に委託生産していることで、三方全て得という体制を築き上げたことにある」
「口が悪い連中は、日本が仏蘭西と亜米利加を顎で使っているというが、そこにあるのは、日本に対する嫉妬と敬意が入り混じった複雑な感情だ」
「では、各国のできる人間が実践しているという委託生産をここ上海租界で立ち上げたくあります」
「ふむ、世界経済は欧州大戦後の生産量が回復しているために、買い手優位が成り立っている。供給量が回復したにもかかわらず需要が停滞しているために遊休生産施設が増えたわけだな」
「はい。工場稼働率の暫減傾向を続いているわけです。これを用いて一財産をつくることを提案したくあります」
「ふむ、では買い手が生産施設を遊ばしている工場に対して生産された全量を買い取る約束をすれば委託生産が容易に成立する背景はわかったが、それに向いている産業と不向きな産業についても触れたまえ」
「今だに技術革新が続いている産業につきましては、委託生産は不向きです。自動車、船舶、飛行機といった分野は軍需産業の絡みもあり、世界各国が産業保護に乗り出すのも多数あり、こちらが生産委託を依頼したところで政府との約束がどうこう、うちの設計は自社仕様しか受けつかないよ。これは自動車で多々ある話です。また、船舶は顧客ごとに仕様が異なりますが、逆に顧客にしか売れない契約になっていたします。飛行機に関しましては、生産できる企業が少なすぎて、売値は生産側が決めてしまいます」
「なるほど、技術が進歩しているということは、生産に必要な機材も進歩しているわけで、生産費用の中に含まれる開発費用が高い産業は、生産委託に不向きなわけだな」
「技術革新が枯れたもしくは停滞した産業は、生産委託が成功しやすい産業です。技術革新が止まっているため、参入障壁が低く、同業業者が多数ひしめき合っているため、工場稼働率が低い企業が多数あります」
「なるほど、技術で差がないために品質だけで工場を稼働させるのが難しいわけだな」
「はい。営業が下手なために工場を遊ばせている職人気質な企業を狙い撃ちして生産委託すれば、当方は先方企業の救世主たる扱いを受けることができます」
「ほう、それは双方がお得という関係に持ち込むことができるというわけか」
「いえいえ、我々が狙っているのは綿織物です。それ以上の関係が構築できることができます」
「よかろう、その成功方程式をきこうではないか」
「はい。まずは日本の円を稼がなくては日本の綿織物工場を稼働させるわけにはいきません。第一段階は日本の円を稼ぐ手段ですが、幸いなことに綿花は中国で広く生産されている農産物であり、なおかつ内戦状態が続くために物流が停滞しています。これを買い集めることはさほど難しくありません。綿花一千トンを租界から日本に向けて輸出します」
「ふむ、それくらいの資本はあるしそれを可能にするつてもある」
「そして、この原料から手数料を払って、木綿にします」
「なるほど、手数料さえも原材料から引いて対応するわけだな」
「はい。そして木綿織物にする際、大事なことはデザインで差別化できなければなりません」
「なるほど、そこに優秀なデザイナーを投入するのだな」
「はい、そして製品を浮世絵で観音開きのように包装してもらいます」
「その心得は?」
「清国内で流通の最中に抜き取られることを防ぐためです。抜き取られただけならブランドは傷がつきませんが、粗悪商品を詰められてはこれから金がなる木を手放す行為に等しくなります」
「ふむ、一理あるがどうしてそこまでする必要があるかな」
「舶来品であることを強調するためです。製品説明も漢文で多少あやふやになってもかまいませんから、ひらがなの混じった漢文で徹底します。粗悪品との戦いに勝利して初めてこの木を大きく育てることができるわけです」
「なるほど、偽物をつかまないことが肝要か。で大事なことだが、日本に生産委託した場合、利益割合はどうなるかね」
「商品になるまでに基本がございます。生産費用が三分の一、流通費用が三分の一、利潤が三分の一。綿花を清国内から輸出する生産委託の場合、日本の取り分は二割、それ以外のリスクを我々が受け持つことになります」
「なるほど、全量引き受けの場合、高い利益が狙えるというのだな。よかろう。この企画の推進を認める。八割が中国に落ちるという点が素晴らしい」
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