仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第270話

 1927年(大正十六年)一月一日

 ロンドン 外務英連邦省

 「今日の議題は、産業革命社会に潜む委託生産を排除する方法を議論してくれたまえ」

 「日本が仏蘭西と亜米利加に浮世絵の生産委託をはじめてから、世界的風潮になった生産委託ですが、まずは成功率について言及いたします。各国植民地で先進国に生産委託した場合の成功率に言及いたします。数字は百分率で示しました」

 カンボジア、エジプト(仏) 40

 キューバ(米)       50

 清(独立国)        50

 インドネシア(蘭)     60

 印度(英)         70

 「この成功率だが、数字を分けている要因は何だ?」

 「独立国家である清国以外は、生産委託をする委託先は、宗主国になります。というのも、産業革命が成立した世界では、植民地に割り当てられた役割は、原材料を宗主国に提供し、製品を消費することです。そのため、宗主国に原材料を輸出する関税は極めて低く、また製品を輸入する関税も極めて低くなっています」

 「なるほど、例えば印度で収穫された綿花を日本に輸入して綿織物に加工した後、綿織物として印度に輸入する方法は成功率が極めて低くなるのだな」

 「はい。宗主国以外に原材料を輸出する関税は極めて高くなっていますし、宗主国以外から製品を輸入する関税も宗主国だけが儲けるように設定されています」

 「それを踏まえたうえで、印度で委託生産が成功しやすく、仏蘭西領カンボジアで委託生産が失敗に終わりやすい傾向の分析は出来ているのかね」

 「はい。成功の確率を決定するのはひとえにデザイン力です。枯れた産業で委託生産された製品には、さほど価格での競争力はありません。その成否を分けるのが委託する側が用意するデザイナーの力です。優れたデザイナーを確保すれば、成功率が高くなり、企業家として成功できます。しかし、デザインで差別化できなければ他の製品との競争に打ち勝つことが難しくなり、価格競争に巻き込まれ成功率を下げることになります」

 「で、印度の成功率が高いのは、優秀なデザイナーが確保しやすいということか」

 「はい、一つ目の理由として印度は世界で人口が多い清と双璧をなす国家ですから優れたデザイナーを輩出しやすい傾向にあります」

 「では、世界一の人口国家である清と明確な成功率の差が出るのはなんだ」

 「気候風土にデザイン力を育てる差はさほどありません。しいていえば宗主国に原因があります」

 「それは、我が大英帝国が仏蘭西より劣っているといいたいのかね」

 「残念ながら事実です。我が国に優れた画家がいることを世界は知りません。言い換えますと商品のデザイン力で印度のデザイナーよりも優れたデザインができている比率が低いのです」

 「なるほど、英吉利のデザイナーが弱いから委託生産が印度はどの植民地国家よりも成功しやすいというのだな」

 「御意、その傾向は阿蘭陀の植民地であるインドネシアでも表れています。どうしても太陽のサンサンとお降り注ぐ季節がない北方諸国から優れたデザイナーは排出しがたくなっています」

 「で、その悪影響について述べてくれたまえ」

 「はい。委託生産の成功率がそのまま、その産業が印度の手に落ちた比率になります。不幸にも英吉利の植民地は七つの海をかけるように広がっていますが、その植民地並びに本土向けに立地している繊維業の場合、利益の二割を英吉利の織物工業従業員に配分され、残りすべてを印度企業の手に落ちていっています」

 「つまり何かね、英吉利の繊維業は七割、印度企業のものだといいたいのかね」

 「残念ながらそうなります」

 「原因はわかった。仏蘭西植民地の委託生産が失敗しやすい理由もだ。仏蘭西には優秀なデザイナーを確保できているため、さほど影響を受けていないと。では改めて対策をきこうではないか」

 「一つ目は優秀なデザイナーを育てることです。それができなくて苦労しているんだが、速攻で効果的な方法があるのかね」

 「はい。仏蘭西の息のかかっていない南欧諸国からデザイナーを引っ張ってくることです」

 「南欧デザイナーにとって英吉利は魅力的な就職先かね?」

 「残念ながら、彼らの要求するものはうまい料理にうまい酒、そして容姿のいい伴侶候補です」

 「英吉利が他より有利なものは伴侶候補ぐらいか」

 「それがカトリック教徒にとって英吉利はカトリックの権威を踏みにじった国家という認識でして相性は最悪です」

 「カトリックの女子にとって初婚こそ全て。妊娠即一生の伴侶となっていまして、男尊女卑の国家体制はどうやら受け入れにくいものとしか」

 「次善の策を探れ」

 「太陽のもたらすデザイン力ではありませんが、我が国の同盟国家の中で優秀なデザイナーを輩出する芸術都市を抱えている国があります」

 「いうまでもなく、墺太利の首都ウィーンだな」

 「はい。そこを頼るのが現地点で最も効果的かと。そして、ウィーンにデザイナーを大量に留学させるのが吉かと」

 「森の都ウィーン、それはアルプス山脈のもたらす風光明美が代名詞」

 「なぜ、我が国に大自然の代名詞ともいえる山脈がないのでしょうか」

 「鉄道発展に高低差のない地形が有利だったせいではないですか」

 「墺太利は人でもっている国だな」

 「はい。芸術を理解する国は我が国から遠い国にしかないのが残念です」

 「それよりも、委託生産を防ぐ良い方法はないのかね」

 「残念ながら、戦争でも起こって需要が大幅に供給を上回りでもしない限り現状防ぐ方法はありません」

 「なんとも、産業革命が進歩しすぎた世界になったものだ」

 「はい。国家の枠を超えつつあるとしか」

 

 

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