仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第271話
1927年(大正十六年)六月一日
ウィーン 教育庁
「英吉利からの要請ですが、ウィーンにいるデザイナーをロンドンへ斡旋。並びに、ウィーンへの英吉利人留学生枠の拡大と優遇を要望されています」
「もう、ウィーンで募集をかけてもロンドンにいきたがるデザイナーはいないんだが」
「そこを何とか、給与と待遇への優遇を約束するといってきています」
「独逸はいいんだ。独逸語で書かれた募集要項によりウィーンで募集をかけ、鉄道輸送による交通費も負担してくれるし、隣国だから帰国も難しくない」
「宗教的な弊害もききませんし、神聖ローマ帝国以来両国は、兄弟国みたいな関係だ。独逸がデザイナー不足で困っているなら協力もやぶさかではない」
「だが、英吉利はデザイナーの心が躍らないんだ」
「気持ちはわかります。ロンドンを題材にした油絵はどこにあるんでしょうかねえ。気持ちがなえますから」
「欧州大戦で敗れた墺太利にしてみれば、助けてくれた独逸と英吉利に対する義理もあれば、目下、露西亜と国境を接している脅威に対し、独逸と英吉利の肩をもつのは当然なんだが、両国が求める優先順位一位のものはそれぞれ違う」
「独逸はわかりやすいです。欧州大戦で植民地を失い、本国一国になったことから、欧州大戦後に重要性を増した石油の確保に躍起になっています」
「英吉利に頼らず、独逸が石油を確保しようとしたら、ルーマニアから買うしかない。そのためルーマニアに接している墺太利に対する最重要要請はルーマニアに対する友好国であり続けること」
「何でこうも、石油ってなものは地理的偏在性が高いかね。石炭なら欧州のたいていのところで掘ったら出てくれるんだが」
「英吉利も独逸のことを言ってられなくなりつつあります。海上輸送をしようとすれば、輸送に用いる燃料は、石炭から重油に代換えしました。独逸がルーマニアとの友好を最優先しているのに対し、イギリスの植民地から石油が出るかといえば商業生産にまで至っていません」
「伊太利の植民地からは石油はでない(リビアの石油生産開始は1960年)が、石油のでる植民地といえば、オランダの抱えるインドネシアに,仏蘭西が確保している中近東だ」
「亜米利加の南部勢力がその延長上に手を延ばしたのがメキシコで亜米利加に次ぐ世界第二位の産油国にまで成長している」
「その先にあったのが重質油で有名なベネズエラも亜米利加の資本に組み込まれている」
「七つの海をかける英吉利からなぜ、石油が出ないのでしょうか。一つの謎ですねえ」
「やむなく、英吉利は亜米利加の庭であるはずのメキシコに進出して、油田を掘っているよ」
「亜米利加と競合しているせいか、亜米利加からの石油精製投資は、技術移転を認めてくれない。亜米利加抜きの独学で石油精製をやれという石油資本からのお達しだな」
「亜米利加のご機嫌を損ねたら、一大事の英吉利かあ。だったら、欧州連盟に亜米利加の参加させるべきだったのでは?」
「英吉利もその当時、中近東の仏蘭西植民地で石油が出てくるなんて、夢にも思っていなかったからねえ」
「石炭、ダイヤ、金属鉱山が取れ、気候も地中海気候かサバナ気候のアフリカ南部の方が砂漠の中近東よりよっぽど金になると踏んでいたものが」
「中近東の原油生産もまだ、アフリカのプランテーション収入に並ぶほどでしかないけど、黒いダイヤといわれる資源が石炭から石油に代わりつつある現状、将来性は石油が一番だからね」
「現状、英吉利と独逸は仏露に戦争を仕掛けられない?」
「短期決戦を望むしかないかな。このままだと、スエズ運河のためにとった中近東が石油収入のために植民地化した中近東に変更されれば、長期戦はバクーの油田と中近東の油田を抱える仏露は長期戦になると金にあかして機械化師団を投入してくるだろうから強いぞ」
「そんな社会変化の中、英吉利は相変わらず、デザイナーに泣かされているのか」
「産業革命のうち軽工業分野は、デザイナーの占める割合が強くなった」
「重工業とよばれた分野は、名称変更になった。重化学工業とよばれるようになり、相対的に鉄鉱石と石炭の占める比率が低下した」
「鉄鉱石と石炭なら独逸も英吉利も仏露も確保には困らなかったものを、二十世紀の産業は地理偏在性に左右されるようになった」
「原油生産もそうだけど、石油資本を牛耳る亜米利加は中近東で原油を確保しつつある仏蘭西に接近中」
「英吉利には、石油精製で意地悪をしているが、中近東を抱える仏蘭西には石油プラントの建造を現地で打診中。これも持たざるものと格差を見せつけるね」
「飛行機といえば、仏蘭西が一番力を入れているせいもあるだろ。仏蘭西ならがぶがぶと飛行機が石油を消費してくれそうだし、少々の浪費ならば御目こぼしだろう」
「英吉利は受難続きだな」
「デザイナーがロンドンにいきたがらない理由の一つは、あのロンドン特有の霧が駄目だという」
「デザイナーの感性を支えるのは、さんさんと降り注ぐ太陽光線にぎらぎらと照りつける日射、四季が明瞭でなければデザイナーの感性が鈍ると言われてはどうにもこうにもいい返せない」
「それにウィーンにはうまいものが多い。なのに英吉利の食事ときたら、魚のフライしかない。ワインもない。デザイナーを募集する前に料理人の確保をすべきというのがウィーンでいわれるロンドン評だ」
「それは言っちゃ駄目。料理人もウィーンで雇えと催促されるから」
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