仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第272話
1927年(大正十六年)九月二十日
江戸城三の丸
「おい、北樺太のオハ油田の原油生産が軌道に乗ったのは真か」
「はい。23年の油井の設置以降、今年度中に黒字化の見込みです」
「ついに我が国も原油生産国家か。もはや、関東大震災後といってられなくなったな」
「樺太への進出が、1856年から移民団の募集から始まったわけだが、これも鉄道大君と言われた慶喜公の置き土産だ」
「サハリンの確保に躍起になっているうち、どう露西亜と仲良くしていくものかと幕府は悩んだものだが、結果をみれば両国関係はシベリア鉄道を挟んでかつてないほど良好だ」
「これも鉄道大君のおかげだというのが南紀派の癪に障る点だが、両国間は浮世絵の交流経路であり続ける間、悪化の傾向は現れない」
「それに、浮世絵に関する限り、木材加工業は世界に冠するほど発展を遂げ、圧縮木材といえば日本といわれるまでになり、国内の木材業者は、世界中から木材を輸入し木材製品として輸出するまでになっている」
「樺太のタイガで産出する針葉樹林にフィリピンで生産されるチーク材まで国内で産出するおかげで、業者はどんな木材でも加工するといって大言を吐く」
「おかげで世界中の木材加工に関する限り、委託生産も日本に委託する木材屋も多い」
「日本は加工分野で加工貿易国家を標榜しつつあります」
「で、石油精製過程は順調か」
「はい。仏蘭西のつてでもって、日仏米で協力関係が築けました。ガソリンや重油への改変も問題なしとのことです」
「では次に量的なものについて問う。生産量はいかほどか」
「国内需要を賄う程度かと」
「ま、それで問題あるまい。海を隔ててインドネシアさもなくば亜米利加から買う手もあるし」
「はい、露西亜と仏蘭西の植民地中近東から融通しいてもらう方法もあります」
「スエズ運河の走る中近東か。スエズ運河を掘りに行った時は砂漠ばかりで地理的好位置にあるだけだったものが、石油産業が成立するとは、歴史は皮肉なものだ」
「それと同じことが樺太でも言えます。寒いだけで何もない所のはずが、石炭の産出量は国内一。漁業も世界的な生産量を誇るオホーツク海沿岸を抱え、鱈ニシン漁で漁民は沸いております」
「そして今度は、原油か。領土評価の尺度は難しいものがある。国家百年の計にたてば、樺太は幕府が確保して五十年してから本当の評価がもらえたということか」
「はい。幕府会計への貢献は多大なものがあります」
「して、開発部は今度こんなものを生産したいときたか。オハ油田が軌道に乗っていなければお蔵入りまっしぐらな機体だが」
「エンジンとプロペラ以外を圧縮木材で製作した飛行機ですか」
「さすがに、脚柱と車輪まで木で造りますといってきた時は、どうやってときき返したものだが、敵もさるモノだな」
「はい。その部分を木でつくるのは水上着水をおこなう機種であり、飛行場で離陸する機種については、金属フレームを使いますと切り返された」
「うーん、金がないという手が使えなくなった」
「予算がまわっている時のうれしい悩みですねえ」
「ガソリンがないという手も使えない。本当に困った」
「オハ油田のせいで制空権を握るのは大事だといってきますよ」
「しょうがない。木で作った飛行機。木戦の開発許可を出すか」
「はい。それがよろしいかと。仏蘭西が飛行機に力を入れているのです。仏蘭西を出し抜く分野があってもよろしいかと」
「圧縮木材の効果を世界に広めてくれるのなら、木でできた飛行機も悪くはないのか」
「はい。今世紀は石油の世紀かと。自動車に船舶、飛行機は石油なしに稼働できないものばかりになってしまいました」
「日本は広いですから、石油で移動できる範囲も広いですよ」
「黒船で騒いでいたのが七十年前。あの頃は石炭船で国がひっくり返ったような騒ぎだったが、その石炭もなくても何とかなる時代になってしまったな」
「しかし、石炭は国内各地で生産されるのですから、蒸気機関が活躍している間は各藩が勝手に掘ってくれるでしょう」
「さて、石油が取れるとなっては自動車に乗るなとも言えなくなってしまった」
「はい、自給自足が我が国の方針ですが、ガソリンを確保できるようになってしまっては江戸城にも駐車場を広げなくてはならないでしょう」
「後は、自動車が走れるような道づくりもしなければなりません」
「それは、東海道をはじめとする五道をそのまま道幅を広げればなんとかなるか」
「各街道は、道沿いに民家が建っていますから、少し離れたところに建設しなけれならないでしょう」
「また、町の中心がかわるのか」
「いえ、今しばらくは駅が中心であることに変わりはないでしょう」
「それに、町の移り変わりは駅ができた時よりもゆっくりでしょう」
「そういえば、線路は複々線から三複線まで進歩したよな。鉄道でそのようなことが起こったということは、将来的には道路でもそのようになるのか」
「それは、欧米との比較ができないのが難しいかと」
「そうだな。欧州の歴史は、馬車の歴史があり馬車街道が鉄道に変わった歴史をもつ国々と、東海道五十三次が徒歩で歩くことを前提にしていた設計であった我が国とは道路の変移も違うだろう」
「はい。そのような国に鉄道を導入した先人には頭が下がるばかりです」
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