仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第273話

 1927年(昭和1年)十二月二十日

 水戸駅

 「ただいまより、水戸発日本橋行きの一番電車が発進いたします」

 「ついに、東海道鉄道株式会社でも電化か」

 「規模がでかい。関東の外環状線の一番内側、近距離区間用をぐるっと三百キロ余りを電化」

 「いろいろな抵抗があったな」

 「うちってさ、日本最初の鉄道会社で。蒸気機関車では、業界標準を標榜しているわけで、その師範クラスの機関士乗りになってしまうと、仏蘭西語まで習得させてたわけで、新しく電気機関車乗りになりたいのなら、当然、仏蘭西語も出来なければならんとかいうし」

 「けど、電気機関車はそんなに難しいわけでもないし、修理もそんな複雑ではないわけで、資格修得もそう難しく出来んのだな」

 「モーターなんか、逆に高電圧だから触るなといってしまえば、機関士による修理はそれでもいいわけだが、蒸気機関車の機関士に関する利権がらみで、今まで通りでいいじゃんと反対する始末だ」

 「電気機関車は信頼性がどうのこうの。もし万が一停電になってしまったらどうのこうの。電気機関車は高いとか。今まで購入していた石炭がどうのこうの」

 「数え上げたらきりがないが、渋沢栄一相談役はそれを全て切っていったな」

 「まずは遅いと問題提起をする。我が社は、日本で最初に蒸気機関車を走らせた由緒ある鉄道会社であるが、それがなぜ電気機関車では一番でないのかと。で、都市間交通で電気機関車を走らせた鉄道会社名をあげよと取締役会でぶちまけた」

 「はい、京阪電車です。と答えた、次期社長はえらい」

 「その京阪に遅れること何年」

 「はい、十七年になります」

 「それくらい遅れているという自覚はあるの。日本一の鉄道会社としての自覚が」

 「いえ、問題はありませんので」

 「そうです。その間の重大事項は、関東大震災からの復興が最優先されているわけで、少々の遅れと認識しています」

 「で、電化をやる気はあるのかとききたい」

 「はい、開発部で検討事項になっています。新規路線を立ち上げる時に電化にも対応できるようにするつもりです」

 「それは待てないね。わが社に足りないのは何かいってみなさい」

 「はい。電気機関車乗りがいません」

 「さらに、電線をひく技術がありません」

 「大前提となる電気機関車がありません」

 「よーく分かりました。やる気がないのがねえ」

 「まず、開発事業部、わが社には電力会社があるよね。その技師を連れてくればパンタグラフはひけるでしょう、違いますか」

 「はい、多分できます」

 「次、電気機関車の値段は?」

 「多分、一両あたり百円かと」

 「まあ、その話は後にしましょう。国内にすでに電気機関車が走っているのです。その京阪に研修に出して物になるまでに必要な期間は?」

 「どうみても蒸気機関車の方が難しそうですから、蒸気機関車乗りでしたら二カ月かと。それに、整備士なら半年間かと」

 「ま、いいでしょう。ここに京阪電鉄の大株主として、電気機関車や整備士に必要な資料があります。これを元にして、我が社で電車を走らせるのに必要な期間は?」

 「人的資材的に必要な時間は一年未満かと、しかし、パンタグラフのある線路のあてがありません」

 「その根拠は?」

 「もし電車が止まった時に対処するためにできれば新線が望ましいからです」

 「その京阪の資料の中には、電車の故障率も掲載されています。蒸気機関車の半分以下です。それにパンタグラフのある線路をつくるのではなく、線路にパンタグラフをつければよろしい。それに故障の時被害が最小となる路線もすでに用意しています。大環状線は三複線です。最初はそのうち一線にパンタグラフをかけないさい。もし万が一、故障しても残りの複々線で対処できます」

 「はい、では万事、そのように手配します。電車の運行は今年中に達成する方向で調整をつけます」

 「では、すぐさま取り掛かりなさい」

 「取締役会で、全ての役員を論破。米寿を祝う老人一人に取締役全員が撃沈される」

 「さすがは、会社の操業当時から辛辣をなめている人物は違うね」

 「株式の申し子を相手に生半可なやつは勝てないよ」

 「日本の主要株式会社の大半で大株主だからね。京阪電鉄の発起人にも名前を連ねている」

 「京と大坂間に新たな私鉄を走らせる必要性を認めるほか、電車で必要な資料を収集するための実験線扱いだったね」

 「けれど、渋沢が発起人に名を連ねていると株式の売れ行きが三倍違うとも言われるほどの名投資家だからね。渋沢を訪ねてくる会社は今でもひっきりなしだ」

 「事実中、民間人最高の資金をつくっている今現在となっては、京阪電鉄くらい自分ひとりで金を出せそうだけれど、それはしない。地域のため必要とあれば、株式という梃子を使うのがうまい」

 「けれど、東海道鉄道株式会社で、彼の表舞台はこれが最後となりそうだ」

 「うん、創業時からの渋沢相談役に、彼に意見をどうどうといえる塩飽大坂支店顧問も名前だけ会社に残すのみとなる見込みだ」

 「渋沢に鍛えられた取締役会ならば、三十年はもつだろう」

 「鉄道会社が安定期に入り、集団体制に移行する必要もある」

 

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