仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第274話

 1928年(昭和2年)三月三十一日

 メキシコシティ 駐墨英吉利大使館

 「英吉利首相と独逸帝国皇帝からそれぞれ、メキシコで原油を掘れとの命令はかれこれ、十年間継続しているな」

 「石油の地理偏在性がなせる通達です。英独の統治する土地で原油が取れないため、どこの植民地でもないメキシコで、あるいはここを拠点としてベネゼエラで原油を確保しなければ、大英帝国の世界最強艦隊がただの鉄くずになるためです」

 「それでも対策はとっているのだろ」

 「戦時だけ許されることでしたら、石炭から石油を改変するプラントは、後十年ほどで物になると」

 「しかし、エネルギー換算で八割以上削られます」

 「それって、石炭を燃やして電気エネルギー等でガソリンを精製するプラントの方が合理的と切って捨てられないの」

 「残念ながら、石炭を燃やして電力に変換いたしますと、エネルギー換算で七割が減少します。これで飛行機を動かすのでしたら、最も効率的な方法以外、石炭をガソリンに改変する方法が勝っています」

 「ちなみに、最も効率的な方法を除外したけど、それは何ゆえに」

 「現時点では、理論上は出来ていますが実行するとなると後半世紀はかかる方法があります。それはマイクロ波にエネルギーを変換して、電気エネルギーとして飛行機のプロペラを動かすというものです」

 「技術的なネックはどこ?」

 「時速四百キロに飛行する飛行機にエネルギーを照射して、飛行士に一切エネルギーを照射することなく、エネルギー変換板に当てることです」

 「それって、半径二キロ以内ならエネルギーを自動的に照射できるとようになったとして、マイクロ波発生地点から十キロ離れたら、飛行機は落ちるよね」

 「はい。迎撃専用機になるかと」

 「それって、その電動プロペラ飛行機に乗りたがる飛行機乗りは見つかったのか」

 「現地点では、マイクロ波受信装置を開発する研究員も含めて立候補者はいません」

 「それって、今世紀中にすべきことではないだろ」

 「はい、ですから、電波研究者はマイクロ波を受信するのではなく、マイクロ波によって妨げられる飛行機を探知する受信装置の開発とその解析装置の開発に全力をあげています」

 「二十一世紀の発明をさせるためには、まずはマイクロ波の有効な利用法を探すことからか」

 「話は脱線しましたが、英独がメキシコで原油を掘るにあたって、最大の敵を本国は理解してくれることがないのが最大の不幸です」

 「本国は、亜米利加が行う妨害については理解が深い」

 「メキシコと亜米利加の関係は隣国だけあって、戦争もするがメキシコは豊かになるために亜米利加の資本が何より欲しい」

 「国力比で、十倍の開きがありますから、カリフォルニアを亜米利加にとられても石油を掘るために亜米利加の技術と資本力がのどから手が出るように欲しい」

 「しかし、ここで我々が直面する最大の敵がメキシコの国土から湧き出てくる」

 「資源ナショナリズムだ」

 「石油が出る土地は、民有だが。石油そのモノは国家のものという事実上の石油国有化政策だ」

 「これに対して、柔硬織り交ぜて対処するのが現地にいる我々の仕事だが、これに対する理解が本国は浅い」

 「手っ取り早く、我々の存在意義を失う方法だが、国家の石油国有化に対し、英独の資本と技術力を引き上げる方法をとった時もある」

 「この時は、亜米利加も同調してくれたおかげで、その石油国有化政策をすすめた大統領は数年で追い出された」

 「だが、亜米利加と共闘できたのは、これに対処する時だけだった」

 「有望な鉱区は、亜米利加が先に押さえていた」

 「しかし、メキシコを世界2位の原油生産国家に押し上げたのは、我々だ」

 「メキシコ政府も亜米利加に牛耳られるくらいなら、英吉利の支援を受けた方がいいという判断で、英吉利はメキシコに多大な投資をしている」

 「その筆頭は、メキシコを縦断するテワンテペック鉄道。それを完成させたのは英吉利資本で、07年のことだ」

 「これは、本国政府の理解も大きかった。スエズ運河を掘った仏蘭西に対抗する意識丸出しで熱帯雨林を横断する鉄道を開通させさせたのだからな」

 「その最大の副次利益は鉄道沿線にしみ出る油田候補地。10年に採掘を開始したボトレノ=デル=リャノ4号油田は、世界最大の油田にまでなった。その際、応援を頼んだのがオランダ資本のシェルとの合弁事業だ」

 「だが、これ以降、メキシコとの関係はぎくしゃくする。11年、メキシコ革命により、メキシコは長い内戦状態が続く」

 「内戦下で、安定した石油精製事業は出来ないよ」

 「ただし、我々がメキシコで掘りあてた物は、原油以外にもう一つあることを本国に理解してくれないのが痛い」

 「印度で起きたセポイの反乱以降、植民地の統治は内部分裂と戦力分散が基本になっているが、資源ナショナリズムは、単なる反乱とは違う。外国にメキシコの資源を牛耳られること自体を悪とみなす」

 「それを回避するには、現地民に十分な給与と土地代を払うのが穏便な方法だが、対価を与えない限り、現地民は団結力を増すのだ」

 「少なくとも石油資本で働いている連中は最低限味方にしなければならん」

 「だが、その給与を本国はけちりたがる」

 「本国でも軽工業分野での生産委託方式の広まりが税収を押し下げているせいだ。余分な金などないと言わんばかりだ」

 「我々は、現地民と亜米利加資本と本国政府との三方向で摩擦を引き起こしている」

 「少なくとも、資源ナショナリズムのおかげで、石油精製は予定の半分しか稼働していない」

 「メキシコ内乱で亜米利加と英独が共闘をすることになろうものなら、メキシコは安定するかもしれんが、少なくとも石油精製設備は役に立たないものになっているだろう」

 

 

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